長谷寺に行きました

今日は「 長谷寺 」です。  昨日、冒頭で書いた通り 奈良の古刹は 広く点在しているので 一日 数箇所訪ねるは大変です。  「 室生寺 」から「 長谷寺 」へ 電車で移動すると 大変時間が掛かるので、予約しておいた「 タクシー 」で移動しました。  途中「 大和路 」の風景です。
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「 大和路 」と言えば 奈良の写真家「 入江泰吉 」さんを思い出します。  写真集 大和路を愛した巨匠より。
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お昼に「 長谷寺 」に着きましたので、先ずは 昼食です。  門前にある「 酢屋長 」で「 にゅうめん定食 」を戴きました。
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この辺り( 奈良県桜井市近辺 )は「 三輪そうめん 」の産出地で有名です。  今から1200年余年を遡る昔、日本最古の神社「 大神神社 」で 神の「 啓示( けいじ : 神または超越的な存在より、真理 又は通常では知りえない知識や認識が開示されること )」を賜り 三輪山の麓で「 そうめん 」が誕生しました その事で「 素麺発祥の地 」と言われています。  久し振りに 暖かい「 にゅうめん 」 を戴きました。  

「 そうめん 」は、冷やして「 麺汁 」につけて食べるのに対し、「 にゅうめん 」は温かく煮て食べるというのが違いです。

【 長谷寺とは 】
長谷寺 」は、奈良県桜井市初瀬( はせ )にある「 真言宗豊山派総本山 」の寺院です。  山号は「 豊山( ぶさん )」、院号は「 神楽院( かぐらいん )です。  本尊は「 十一面観世音菩薩 」で、開基( お寺を開いた人 )は「 道明上人 」で、西国三十三所霊場の第8番札所にあたります。

「 大和( 奈良県 )」と「 伊勢( 三重県 )」を結ぶ「 初瀬街道( はせかいどう )」を見下ろす初瀬山の中腹に本堂が建っています。  「 隠国( こもりく )の 泊瀬( はつせ )」と「万葉集 」に詠まれるなど、古代から奥深い山に隠れた里であり、聖なる場所でした。  初瀬山は牡丹の名所で、4月下旬から5月上旬は150種類以上、7,000株と言われる牡丹が満開になり有名です。

創建は奈良時代と推定されていますが詳細は不明です。  寺伝によると、天武朝の 朱鳥元年( 686 )、僧の「 道明上人( どうみょうしょうにん )」が、天武天皇の為に 初瀬山の西の丘( 本長谷寺と呼ばれている場所 )に「 三重塔 」を建立しました。  続いて奈良時代の神亀4年( 727 )に、道明上人の弟子である「 徳道上人( とくどうしょうにん )」が、聖武天皇の勅願により、東の丘( 本堂の地 )に本尊である「 十一面観音像 」を祀りました。  これが「 長谷寺 」の始まりとされていますが、詳細は定かではありません。  又、「 徳道上人 」は、近畿と岐阜県に点在する33か所の観音霊場を巡拝する、「 西国三十三所観音霊場巡礼 」を始めたとされています。

承和14年( 847 )に定額寺( じょうがくじ )となり、天安2年( 858 )に三綱( さんごう )が置かれたことが記されており、長谷寺もこの時期に「 官寺 」と認定されて別当が設置されました。  万寿元年( 1024 )には「 藤原道長 」も参詣しており、武士や庶民にも信仰を広めました。

「 長谷寺 」は「 東大寺( 華厳宗 )」の末寺でしたが、平安時代中期には「 興福寺(法相宗 )」の末寺となり、16世紀以降は「 覚鑁( 興教大師 )」によって興され僧正「 頼瑜( らいゆ )」により成道した新義真言宗の流れをくむ寺院となりました。  天正16年( 1588年 )、豊臣秀吉により根来山( 根来寺 )を追われた新義真言宗門徒が入山し、同派の僧正専誉により現在の「 真言宗豊山派 」が大成されました。  

「 十一面観音菩薩 」を本尊とし「 長谷寺 」と名乗る寺院は「 鎌倉の長谷寺 」を初めとして、日本各地に240寺 程存在しています。  他と区別する為に「 大和国長谷寺 」とか「 総本山長谷寺 」と呼称することもあります。

長谷寺の 伽藍 は、初瀬山の山麓から中腹に掛けて建っています。  「 仁王門 」から「 本堂 」迄は、「 399段 」の「 登廊( のぼりろう、屋根付きの階段 )」で繋がっており、参拝者は その石段を歩いて上ります。  尚 身体の不自由な方には、門前駐車場 ⇔ 本堂間の無料送迎 があります。  

本堂の西方の丘には「 本長谷寺 」と称する一画があり、「 五重塔 」が建っています。  本堂が国宝に、仁王門、登廊5棟( 下廊、繋屋、中廊、蔵王堂、上廊 )、三百余社、鐘楼、繋廊が重要文化財に指定されています。  現存の本堂は8代目で、慶安3年( 1650 )の竣工です。  登廊は長暦3年( 1039 )に春日社の社司・中臣信清が我が子の病気平癒の御礼で寄進したとされていますが、現存するものは近世以降の再建です。  現存する蔵王堂、上登廊、三百余社、鐘楼、繋廊は本堂と同じ時期の建立です。  仁王門、下廊、繋屋、中廊の4棟は 明治15年( 1882 )の火災焼失後の再建で、仁王門は 明治18年( 1885 )、下登廊、繋屋、中登廊は明治22年( 1889 )の建立です。

ここから「 長谷寺 」の伽藍に就いて 歩いた順に 写真で説明します。  説明用の地図をご覧下さい。
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【 普門院( ふもんいん )】
「 仁王門 」の手前の右手にあります。  「 普門院内 」に安置されている本尊は「 木造不動明王坐像( 重要文化財 )」です。 この「 不動明王 」は、今から 850年程前の平安時代後期のもので、「 興教大師( 覚鑁上人 かくばんしょうにん )」の作と伝えられています。  以前は 三輪山 坐大神神社 の供僧寺である平等寺に祀られていましたが、明治時代初期の「 廃仏毀釈 」によって平等寺が廃寺となったため、明治8年( 1875 )に普門院の本尊として迎えられました。
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【 仁王門 】
石畳の参道を進むと、長谷寺の総門にあたる「 仁王門 」があります。  入母屋造、本瓦葺の三間一戸の楼門です。  平安時代、一条天皇の時代頃に創建されたとされていますが、度重なる火災により焼失してしまいました。  現在の門は 明治18年( 1885 )に再建されたものです。  「 長谷寺 」という大額の文字は後陽成天皇の宸筆です。
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おとぎ話「 わらしべ長者 」では 主人公に幸運の基となる「藁( わら )」を授ける優しい観音様が登場しますが、その観音様こそ長谷寺のご本尊です。  観音様が履かれる「 藁草履 」が 仁王門の両側に 吊り下げられています。
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【 登廊( のぼりろう )】
「 登廊( 重要文化財 )」と呼ばれる石の階段は、総数 399段で、下廊( しものろう )、中廊( なかのろう )、上廊( かみのろう )の3廊から成っており、その距離は 約200m程あります。  余談ですが、山内で普段呼ぶ際には、門から近い順に「 第一 」、「 第二 」、「 第三 」と呼んでおられるそうです。  3つの登廊は 下廊 から 上に 行くにつれて段差が高くなっています。  各「 登廊 」の天井には形に特徴のある「 長谷型の灯籠 」が吊るされています。
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「 下廊 」の途中には、「 長谷六坊 」と呼ばれる「 歓喜院 」、「 宗宝蔵( 清浄院 )」、「 梅心院 」、「月輪院( がちりんいん )」、「 慈眼院 」、「 金蓮院 」の六つの 塔頭があます。  江戸時代にはこれ等「 六つの寺院 」が、長谷寺の運営に於いて重要な役割を持っていました。  写真は「 月輪院 」と「 慈眼院 」です。
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下廊と中廊を繋いでいる「 繋屋 」です。  この建屋で 廊下は ほぼ90度 右に曲がります。
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この「 繋屋 」に「 手水舎 」があります。
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「 中廊 」の左右にも「 塔頭 」や「 石の灯籠 」が見られます。
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「 中廊 」から「 上廊 」へ向かう 接続部 に「 蔵王堂 」があります。  この「 蔵王堂 」は、天正5年( 1577 )に蔵王権現を祀る堂として創建され、江戸時代初期 慶安3年( 1650 )に徳川家光の命により再建されたものです。  一重、寄棟造、本瓦葺きとなっています。  昭和61年( 1986 )に国の重要文化財に指定されました。  此所にも「 手水舎 」があります。
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最後の「 上廊 」です。
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振り返ると「 下楼 」が見えます。  如何に「 下楼 」が長いのが分かります。
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もう少しです。
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上り切ると 本堂と 鐘楼 が見えます。  皆さん 本堂に「 お参り 」する前に 一休みです。  

以前にも書きましたが 神社( 神様 )に行く際は「 お詣り 」の字を使います。
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【 本堂 】
「 十一面観音菩薩立像 」がおられる「 正堂( しょうどう )」、参詣者の為の空間である「 礼堂( らいどう )」、そして 両者を繋ぐ「 相の間 」から成っています。  3枚の写真で 最初の写真は「相の間 」、残り2枚は「 礼堂 」です。
42本堂(相の間)、右は正堂、左は礼堂.jpg
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前面は京都の清水寺本堂と同じく「 懸造( かけづくり )」で、本堂の前の舞台造りからの眺望は素晴らしいです。
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本堂は奈良時代の創建後、室町時代の「 天文5年( 1536 )」迄に7度焼失しました。  7度目の焼失後、本尊は天正7年( 1538 )」に再興( 現存 8代目 )」されました。  本堂は豊臣秀長の援助で再建に着手し、天正16年( 1588 )に新しい堂が竣工したものの、現存する本堂は、その後更に建て替えられたものです。  

現存の本堂は、徳川家光の寄進を得て、正保2年( 1645 )から工事に取り掛かり、慶安3年( 1650 )に落慶したものです。天正再興時の本堂は、元和4年( 1618 )に雨漏りのあったことが記録されているが、僅か数十年後に修理では無く全面再建とした理由は明らかでなく、背景に何らかの社会的意図があったのでは無いかとの指摘がされています。
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本堂は近世前半の大規模本堂の代表作として、平成16年( 2004 )、国宝に指定されました。
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【 十一面観音菩薩立像 】
本堂に祀られている本尊の観音様は 日本で最大級の「 十一面観世音菩薩立像( 高さ12.3m )」です。  由来に就いて、「 長谷寺縁起文 」には、何十年、又は何百年も不思議な出来事を起こしていた霊木から削り出された像であると伝えています。  方形の「 岩座( いわざ )」と呼ばれる台座に立ち、左手に「 宝瓶( ほうびょう )」、右手には「 念珠 」と、本来は地蔵菩薩の持物である「 錫杖( しゃくじょう )」を持つ独特な姿は、「 長谷寺式 」と呼ばれています。  「 仁王門 」の項で書いた、おとぎ話「 わらしべ長者 」に出て来る「 観音様 」は、この本堂におられます。  観世音菩薩の画像は 撮影禁止となっています。  本写真は「 グル旅 」より借用させて貰いました。
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良く見ると 鎌倉にある「 長谷寺 」の観音様と似ています。
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【 鐘楼 】
「 登廊 」の階段を上りきった 左手に建っています。  本来は 鐘楼と接続されている「 繋廊( つなぎろう )」を通って本堂へ至ります。  この鐘楼は、江戸時代初期 慶安3年( 1960 )に建立されたもので、楼造、入母屋造、本瓦葺きとなっています。  繋廊も鐘楼と同じ年に造られた切妻造りの建物で、両建物共 昭和61年( 1986 )に国の重要文化財に指定されました。
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【 愛染堂 】
天正16年( 1588 )、観海上人により再建されました。  内陣には「 愛染明王 」が安置されています。
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【 三社権現 】
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【 五重塔 】
明治9年( 1876 )雷で焼失した 三重塔跡、北側に昭和29年( 1954 )建立されました。
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【 大黒堂 】
弘法大師作の大黒天像が祀られています。 大和七福神八宝霊場の1つです。
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【 開山堂 】
「 開山堂 」には長谷寺を開き、西国三十三所巡礼を始めた「 徳道上人 」が祀られています。
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【 三部権現社 】
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【 銅板法華説相図 】
最後に「 長谷寺銅板法華説相図( はせでら どうばん ほっけせっそうず)」を記しておきます。   「 千仏多宝仏塔 」とも言います。  法華経の「 見宝塔品( けんほうとうほん )」で、釈迦が説法していたところ、地中から巨大な宝塔が出現した場面を表現したものです。  縦83.3cm、横75.0cmの鋳銅の板に宝塔と諸仏が浮き彫り状に鋳出されています。  千仏は、薄い銅板を型に当てて槌で叩き出して成形した、いわゆる押出仏を板面に貼っています。  板の下部には長文の銘が刻まれていて、そこには「 戌年 」に「 飛鳥浄御原で天下を治めた天皇 」の病気平癒のため、僧・道明が作ったという意味のことが書かれています。  この戌年について、寺伝では天武天皇の朱鳥元年( 686 )とするが、研究者の間では干支が一巡した文武天皇2年( 698 )の作と見る意見が多いです。  「 工芸品 」部門の国宝に指定されており、現在「 奈良国立博物館 」に寄託されています。
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この後「 繋屋 」まで 紅葉した 境内を眺め、下廊 から 仁王門 へと戻りました。
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最後に「 動画 」をリンクしておきました。
 
タイミング良く 空のタクシーが一台 駐車していました。  乗車して 近鉄「 長谷駅 」へ。
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大和八木駅 経由、特急で 京都 丹波橋駅 で各駅停車 に乗り換え 竹田から から地下鉄に乗り換え 烏丸四条駅へ。  夕食の時間です。

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