江ノ島に行って来ました【 其の参 】

今日は シリーズ「 江ノ島に行って来ました 」の最後となります。
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第3区の「 江ノ島エスカー 」に乗り 頂上へ向かいます。  「 其の弐 」では 主に「 江島神社 」に就いて書きましたが、今日は 所謂「 江ノ島 」の観光場所として代表される「 江の島サムエル・コッキング苑 」を中心に書きました。  雰囲気がガラリと変わります。

【 亀ケ岡広場 】
エスカレーターを降りた目の前に「 亀ケ岡広場 」があります。  正面が太平洋で うっすらと 大島が、右手に伊豆半島と 富士山を見ることが出来ます。  丸い屋根は「 江ノ島大師 」の建物です。
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【 サムエル・コッキング苑に就いて 】
この後「 サムエル・コッキング苑 」へ。  横浜に住んでいたアイルランドの貿易商「 サムエル・コッキング 」が、金亀山与願寺の菜園敷地3800坪を買収し、明治15年( 1882 )に造った日本で3番目に古い植物園があった場所です。  大正12年( 1923 )の関東大震災によって温室などが倒壊しました。  その後、藤沢市が跡地を買収し、昭和24年( 1949 ))に熱帯植物園として開園しました。  翌年、「 江の島植物園 」と改名されました。  かつて 園内には 読売平和塔 と呼ばれた民間灯台があり( その後 移築 )長く「 江の島の灯台 」として親しまれてきました。  平成14年( 2002 ))、江の島植物園が園内改修工事のため閉園し、新しい江の島展望灯台が建設され、翌年「 サムエル・コッキング苑 」として「 和洋折衷の植物園 」としてオープンしました。  入り口で「 1dayパスポート 」を提示すると入れます。
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【 姉妹都市・友好都市記念広場 】
「 サムエル・コッキング苑 」の敷地内には藤沢市と縁のある姉妹都市エリアがあります。

・中国 昆明市
藤沢市と 中国 昆明市は、昭和56年( 1981 )に友好都市提携を行いました。  昆明市から職人が来日して建てた本格的な中国伝統建築様式の「 四阿( あずまや )騁碧亭( ていへきてい )」と昆明碑記、孔雀のブロンズ像「 吉祥永駐 」があります。  昆明市は、中華人民共和国雲南省の省都です。  昆明出身の青年作曲家聶耳が昭和10年( 1935 )鵠沼海岸で游泳中水死し、中華人民共和国成立時に彼の作品義勇軍進行曲が国歌に選ばれたことを記念し、藤沢市民有志が鵠沼海岸に記念碑を設立したことがきっかけとなりました。
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・韓国 保寧市
同じく 韓国の「 保寧( ポリョン )市 」から姉妹都市提携の記念として平成15年( 2003 )贈られた石塔です。  韓国の国花であるムクゲなどが観賞出来ます。  提携の記念として寄贈された2本の石塔が立っています。  石塔に掘られた「 萬世保寧 」の文字は、保寧市の市民憲章「 我々は、我々の故郷である萬世保寧を一番とする観光休養地に造成していく 」に由来しています。
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・マイアミビーチ広場
東洋のマイアミビーチ片瀬海岸からヨットハーバーを見渡すウッドデッキの広場です。  日本初のフレンチトースト専門店「 LON CAFÉ 」が営業を行っています。  マイアミビーチ市の売り物であるアール・デコをイメージしたモニュメント内には同市から贈られた「 友好の鍵 」が納められています。
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片瀬海岸やヨットハーバーが見えます。
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・松本広場
休憩室を兼ねた海鼠壁の蔵風の蕎麦打ち体験施設「 松本館 」と、松本市から贈られた双体道祖神を象った記念碑があります。
昭和36年( 1961 )に姉妹都市を提携しました。  海の観光都市と山の観光都市という関係です。

・江の島シーキャンドル
湘南のシンボルとして親しまれている「 江の島シーキャンドル( 江ノ電が経営する民間展望灯台 )」は、平成14年の「 江ノ電開業100周年事業 」の一環として、景観・自然への配慮、公共的な利用価値の追求・地域の観光振興 をコンセプトに建設され、翌年4月29日にリニューアルオープンしました。  目当てはこの展望台に上る事なので、「 1dayパスポート」を提示して エレベーターで一気に 展望台へ。  さすが 島の頂上( 海抜 約60m )の上の更に塔の展望台( 約60m )から見える湘南のパノラマの景色は素晴らしいです。  灯台は実効光度390,000カンデラ、単閃白色が毎10秒に1閃光で、23海里( 46Km )まで届き民間灯台としては国内最大級です。
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エレベーターに乗る時、風が無いので 外に出られますと教えて貰いましたが駄目でした。  以下 景色をご覧下さい。  富士山、片瀬漁港、弁天橋、ヨットハーバー( 湘南港 )等が 眼下に見えます。

下りる時に 階段でと思ったら、何と柵だけで、下は 丸見え、思わず 後ずさりして エレベーターで戻りました。

ここから 本来なら「 御岩屋道通り 」を歩いて島の 西方に行くのですが、直ったばかりの腰痛を考えて 元来た道に Uターンしました。

帰りには庭園を見ながら。
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訪れた時には「 湘南キャンドル 」の開催期間中で、職員の方が用意をされていました。  ただこの催しは今月8日迄となっています。
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エスカレーターは 上り専用の為、階段を歩いて下ります。  所々でヨットハーバーと片瀬海岸が見えます。
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【 児玉神社 】
「 其の壱 」で書きました「 朱の鳥居 と 瑞神門 」近く迄来ると 右手に「 児玉神社 」の案内があります。
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行かれた方に 距離どのくらいですかと聞いたら 数分との事なので、お詣りに行きました。
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「 児玉神社( こだまじんじゃ )」は、日露戦争で活躍した明治時代の軍人「 児玉源太郎 」を祀った神社です。  児玉がかつて台湾総督として台湾の近代化に努力した縁により台湾と縁のある神社です。
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台湾の有志から贈られた、口の中の玉が回る名品の狛犬が有名です。
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創建は大正7年( 1918 )で、その後大正10年( 1921 )後藤新平らの尽力により、主要な社殿が建立されました。  児玉が生前、江の島を非常に愛していたことから、この地に神社が創建されました。  児玉源太郎は 嘉永5年( 1852 )に現在の山口県周南市に生まれました。  幼くして父を失い、義兄に養育されたものの、義兄も源太郎が13歳の時に佐幕派(幕府側の勢力)により暗殺され、その後一家は困窮の道を歩みました。  陸軍士官などの養成機関を卒業後に「 神風連の乱 」では暴徒に対して適切な処置を行い頭角を現わします。  内務大臣の重責を担っていた時期に前任者の急死があり、降格となるにもかかわらず参謀本部次長就任を受け入れ、後に台湾の治安を改善させました。  更に台湾の産業を振興させ、インフラを整えました。  

【 昼食 】
江ノ島名物と言えば「 しらす丼 」、しらす丼と言えば「 とびっちょ 」が有名です。  最低30分は待たされるので 近くの店に、何時もの通り「 海鮮丼 」を戴きました。
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この後「 弁天橋 」を渡って 江ノ電「 江ノ島駅 」へ。
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