橫浜公園の歴史と今年のチューリップの開花

「 横浜公園 」内には、敷地内に「 横浜DeNAベイスターズ 」の本拠地としている「 横浜スタジアム 」があります。  橫浜市内では山手公園に次いで二番目に古い西洋式公園で、日本人にも開放されていた公園としては日本最古の公園です。  横浜公園の主な施設は「 橫浜スタジアム 」、日本庭園( 彼我庭園 )と「 水の広場 」です。
1_stitch.jpg
01.jpg
09.jpg
 
横浜港が開港された時代、「 関内 」であったこの場所には当時「 港崎遊郭 」がありましたが 慶応2年( 1866 )の大火( 豚屋火事 )によって焼失しました。
1920px-thumbnail.jpg
明治政府が樹立した後の明治8年( 1875 )、在留外国人の「 生活環境改善 」の条約に基づき、土木技師「 リチャード・ブラントン 」の設計の基に遊郭跡地に公園、公園から港に向かって新道路が建設され、各々が現在の「 横浜公園 」と「 日本大通り 」となりました。  この際に「 馬車道 」や「 海岸通り 」も同時に整備されました。
52.jpg
「 横浜公園 」は外国人( 彼 )と日本人( 我 )が共同で使用する公園であったことから、当時「 彼我公園( ひがこうえん )」と呼ばれ、園内には外人居留地運動場( 野球場を兼ねたクリケット場など )も建設されました。  この運動場では明治29年( 1896 )5月、日本で最初の野球の国際試合が旧制一高ベースボール部と外人クラブの間で行われました。  

昭和27年( 1952 )、公園内の野球場は当時の平沼亮三橫浜市長によって「 横浜公園平和野球場( 通称:平和球場 )」と名付けられ、プロ・アマ、大人・子供を問わない野球の親善交流試合が数多く行われました。  

昭和53年( 1978 )、老朽化した「 平和球場 」を取り壊して「 横浜スタジアム 」が建設され、また園内の老朽化した施設を更新して「 日本庭園 」や水場をあしらった「 モニュメント広場 」が整備されました。

平成9年( 1997 )、チューリップが横浜市中区の区花に指定されたのを期に、市民の手によって公園内にチューリップが植えられ、春先は「 チューリップの咲く公園 」として有名になりました。  更に平成29年( 2017 )の「 第33回全国都市緑化よこはまフェア 」ではみなとガーデン会場の一つとして「 16万本のチューリップガーデン 」として 市民の憩いの場所となりました。

橫浜公園の見物は何といっても春のチューリップです。  前述の通り 平成9年以降、橫浜公園内には 約70品種約16万球のチューリップが 毎年11月頃に一部を緑化推進団体や一般の市民の方の協力で球根を植えられています。  品種により開花期が異なり、例年4月上旬から下旬に開花、見頃を迎え、開花の時期には多くの人々で賑わいます。  「 山ちゃん 」も平成29年以降 毎年見に行っています。  以下 チューリップの写真です。
02.jpg
03.jpg
04.jpg
05.jpg
06.jpg
07.jpg
08.jpg
07.jpg
08.jpg
13.jpg
14.jpg
15.jpg
16.jpg
17.jpg
18.jpg
19.jpg
20.jpg
21.jpg
22.jpg
24.jpg
25.jpg
26.jpg
27.jpg
28.jpg
29.jpg
30.jpg
31.jpg
32.jpg
33.jpg
34.jpg
35.jpg
36.jpg
37.jpg
38.jpg
39.jpg
40.jpg
41.jpg
42.jpg
43.jpg
44.jpg
45.jpg
46.jpg

横浜緋桜です。  「 寒緋桜 」と「 兼六園熊谷( 山桜 )」を交配させた桜で、赤みの強い大輪の花が下向きに咲くのが特徴です。
48.jpg
51.jpg
47.jpg
49.jpg
50.jpg
  
神代曙( 桜 )です。
55.jpg
57.jpg
58.jpg

日本庭園近くのチューリップ。  4月には咲くでしょう。
56.jpg
59.jpg
61.jpg
62.jpg

橫浜スタジアム から見た橫浜公園。
63.jpg

4月に再度 チューリップを見に行く時に、詳しく「 日本庭園 」に就いて触れたいと思います。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 3

ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント