東京築地の守り神「 波除神社 」

久し振りに訪れた「 波除神社( なみよけじんじゃ )」は、築地場内市場が豊洲に移転して以来、心なしか お詣りに行く人が少なくなった感じです。  「 波除神社 」は、別名「 波除稲荷神社 」とも呼ばれています。
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今から350年程前、この築地一帯は 今の日比谷のお堀の辺り迄海( 東京湾 )でした。  第四代将軍家綱の時代、「 明暦の大火 」の後、この地を埋め立てる計画を立てました。 以来 この地名「 築地 」は、読んで「 字 」のごとく「 土地を築いた 」ので「 築地 」と呼ばれる様になりました。  

埋め立てが終わって、最初はこの地に「 神社・仏閣 」が引っ越し、その後 日本橋にあった「 魚市場 」が引っ越し、豊洲に市場が移転する迄は、世界一の魚市場となりました。  今でも 築地場外市場には お寺が数軒残っています。  明治5年( 1872 )には「 海軍省 」が置かれたこともあり、戦前迄は「 海軍発祥の地 」ともなっていました。

この埋め立ての工事は困難を極め、堤防を築いても波にさらわれてしまうのでしたが、或夜、海面に光りを放って漂うものがあり、不思議に思って船を出してみると、それは立派な「 稲荷大神の御神体 」でした。  皆は畏( おそ )れて、現在の地に社殿を 万治年間( 1658年~ 1661年 )に創建しお祀りしたところ、それからというものは、波風がおさまり、工事は容易く進み埋め立も終了致しました。 人々は、その御神徳のあらたかさに驚き、稲荷大神に「 波除 」の尊称を奉りました。 それ以来今に至るまで、「 災難を除き、波を乗り切る 」 波除稲荷様として祀られているのです。

境内に就いて

・「 御本社 」です。  衣食住 殖産工業 商業の守り神である「 倉稲魂命( うがのみたまのみこと )」をお祀りし、波除様と尊称されています。
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・「 摂社 弁財天社 」。  学芸の才能と豊かな財をなす福徳の神「 市杵島姫命( いちきしまひめのみこと )」を祀りこの御祭神を俗に弁財天と称することから弁財天社と呼ばれ、中に「 お歯黒獅子 」が奉納されています。
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・「 獅子殿 」。  厄除・災難除けで、「 厄除天井大獅子 」が奉納されています。
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・「 末社 」は以下の四神をお祀りしています。 その左手に「玉子塚 」があります。
    天照大神(伊勢の神宮の御祭神・日本人の大御祖神様)
    大国主命 大黒天・経営 開運 の守り神
    少彦名命 恵比寿・医薬 開運 の守り神
    天日鷲命 お酉様・商売繁盛 の守り神
その左手に「玉子塚 」があります。  平成5年( 1993 )11月に「 東京鶏卵加工業組合 」がその創立三十周年を記念して建立。  寿司屋・料理屋等で主に使用される業務用の厚焼き玉子の「 玉子 」の供養の塚として建立されました。
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以下は「 築地 」ならではの「 塚 」が有ります。

・「 すし塚 」です。  昭和47年11月「 東京都鮨商環境衛生同業組合 」により建立。  魚の霊に感謝し慰め、更には「 寿司 」が永久の食べ物として発展して行く事を願って建てられました。
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・「 海老塚 」です。  昭和48年( 1973 )9月、「 東天会てんぷら料理協同組合 」と「 海老の大丸 」により建立。 天麩羅を象徴する海老の供養の塚として建立されました。
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・「 鮟鱇(あんこう)塚 」です。  昭和48年7月、「 魚河岸の仲買の「 尾邦・三浦啓雄氏 」により建立。  鮟鱇の御霊を慰め又この鮟鱇の世にも美味なることを多くの世の人々に知らしめんとして建立されました。   「 活魚塚 」昭和59年5月に、魚河岸で活魚を扱う仲買の団体「 東京築地魚市場活物組合 」により建立。 文字通り活魚の供養の塚として建立されました。  その右手が「 活魚塚 」
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・「 蛤塚 」は縁起の良いものとして、男女和合の象徴としてのものや顔が綺麗で働き者でそのうえ食事を作るのが上手な理想的な女が蛤女房として、珍重されてきた。この話の顕彰の意も含め仲買の網弁商店より奉納されました。 

・昆布塚
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・吉野屋の碑
牛丼で有名な「 吉野屋 」は、この築地場内市場に創業店( 1号店、現在は豊洲に移転 )がありました。  吉野屋の歴史は、かつて栄えていた日本橋の魚河岸で、明治32年( 1899 )に開業したのが始まりです。  屋号は、創業者である「 松田栄吉 」の出身地である 大阪 吉野町より名付けられました。  その後 関東大震災の影響により、大正15年( 1926 )に 魚河岸と共にこの地に移転しました。  東京大空襲により 店舗は焼失しましたが、終戦後 直ぐに屋台で営業を再開しました。
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その後 昭和34年( 1959 )「 築地1号店 」を開店したのです。  当初は 具材に季節の旬な食材と豆腐なども盛り込まれていましたが、市場で働く人達の「 牛丼 」が食べたいとの要望から、二代目社長「 松田瑞穂 」は、そんな想いに応えてメニューを改良。  より多くの牛肉と、味わいを深めるための玉葱だけを使った シンプルな牛丼を生み出しました。  この牛丼は 市場で大いに評判を呼び、瞬く内に全国へ 国民食として広がる様になりました。
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平成28年( 2016 )再び市場の移転に伴い「 築地一号店 」も移転することになりました。
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市場の歴史は そのまま「 吉野屋 」の歴史でもあるわけです。

「 山ちゃん 」は吉野屋の「 はやい、やすい、うまい 」の牛丼が好きです。
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慣れのせいか 他店の牛丼は 殆ど食べることはありません。

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