鎌倉五山 第二位「円覚寺」を訪ねました。

JR北鎌倉駅の駅前に「 円覚寺 」の総門があります。  境内には現在も禅僧が修行をしている道場があり、かつては「 夏目漱石 」や「 島崎藤村 」等もここで参禅したことで知られています。  約6万平方メートルにおよぶ広大な寺域には「 19の塔頭 」含め庭園や池も配されています。
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臨済宗円覚寺派の大本山であり、「 鎌倉五山第二位 」に列せられ、本尊は宝冠釈迦如来、開基は北条時宗、開山は無学祖元です。  寺名は「 えんがくじ 」と濁音で読むのが正式です。

鎌倉幕府第8代執権「 北条時宗 」は、弘安5年( 1282 )、「 文永の役( 元寇 )」の戦没者の菩提を弔うのと、己の精神的支柱となった「 禅道 」を広めたいと願い「 円覚寺創建 」を始めました。  弘安5年に落慶( 寺社などの新築、また修理の完成を祝うこと )したが その間、「 文永の役 」に続いて「 弘安の役 」も起き、「 弘安の役 」での戦没者の慰霊も円覚寺の役目となった。  当時鎌倉に居た、中国出身の高僧「 蘭渓道隆( 建長寺初代住職 )」は、弘安元年7月に没してしまった為、時宗は代わりとなる高僧を捜し、弘安2年( 1279 )に来日した中国僧「 無学祖元( 仏光国師 )」を開山に招きました。  鎌倉にはすでに時宗の父「 北条時頼 」が創建した「 建長寺 」が存在していましたが、官寺的性格の強い同寺に対し、円覚寺は北条氏の私寺という性格がより強かったと言われています。  

山号の「 瑞鹿山( ずいろくさん )」は、円覚寺開堂の儀式の際、白鹿の群れが現われ、説法を聴聞したという故事によるものとされ、正式には「 瑞鹿山円覚興聖禅寺(ずいろくさんえんがくこうしょうぜんじ)と称します。  今も境内にはその鹿の群れが飛び出してきた穴と称する「 白鹿洞 」があります。  又、寺号の「 円覚 」は、「 時宗 」と「 蘭渓道隆 」とが寺を建てる場所を探している際、現在の円覚寺がある場所に至り地面を掘った所、地中から「 石櫃( いしびつ )」に入った「 円覚経 」という「 経典 」が発掘されたことによるというが、これは建長寺開山と因縁つけようとした意図のある伝説であると円覚寺はみています。  当寺では元寇で戦死した日本の武士と「 元軍( モンゴル・高麗等 )」の戦士が、分け隔てなく供養されています。  円覚寺は弘安10年( 1287 )以降 度々火災に遭っており、中でも応安7年( 1374 )の大火、大永6年( 1526 )の里見義豊の兵火、永禄6年( 1563 )の大火、元禄16年( 1703 )の震災などの被害は大きく、大正12年( 1923 )の関東大震災でも仏殿などが倒壊する被害を受けています。

「 塔頭( たっちゅう )」、禅寺などで、祖師や高僧の墓塔を守るために、師の徳を慕う弟子らが建立した小寺院を意味します。  転じて大寺院の境内周辺に建てられた「 小寺院 」を指します。  円覚寺には最盛期には42の塔頭がありましたが、現在は19か残っています。   塔頭のうち常時公開されているのは「 仏日庵( ぶつにちあん )、黄梅院( おうばいいん )、桂昌庵( けいしょうあん : 閻魔堂 )」のみです。  松嶺院( しょうれいいん )は春秋などに時期を限って公開。  他の塔頭は原則非公開です。

ここから 歩いた順番に 伽藍( 僧侶が集まり修行する清浄な場所の意味であり、後には寺院または寺院の主要建物群を意味するようになりました )を案内します。
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【 総門 】  
北鎌倉駅から歩いて 最初に見える門です。 「 瑞鹿山 」の扁額が掲げられています。
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【 山門( 三門 )】      
天明5年( 1785 )、大用国師「 誠拙周樗 」が再建したもので、「 円覚興聖禅寺 」の額字は「 伏見上皇 」の勅筆とされています。  楼上には十一面観音、十六羅漢像などを安置されています。  山門は「 三解脱( 空・無相・無願 )を象徴するといわれ、諸々の煩悩を取り払って涅槃・解脱の世界である仏殿に至る門とされています。
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【 仏殿 】  
禅宗様式の「 七堂伽藍 」の中心に位置する建物で、ご本尊が祀られている建物です。  大正12年( 1923 )の関東大震災で倒壊しましたが、昭和39年( 1964 )に再建されました。  コンクリート造りですが、元亀4年( 1573 )の仏殿指図( さしず : 設計図 )に基づいて建てられています。  堂内には本尊の「 宝冠釈迦如来像 」や「 梵天・帝釈天像 」などが安置され、見上げると 天井には「 龍 」の絵が描かれています。  開山毎歳忌( かいさんまいさいき )、達磨忌( だるまき )、臨済忌( りんざいき)、祝聖( しゅくしん )等の行事や毎朝の「 暁天坐禅( ぎょうてんざぜん )」が、ここで行われています。
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【 選仏場( せんぶつじょう )】  
選仏場とは仏を選び出す場所という意味で、修行僧の「 坐禅道場 」のことです。  元禄12年( 1699 )に伊勢長島城主松平忠充が、江戸の月桂寺・徳雲寺住職一睡碩秀の薦めにより、大蔵経を寄進すると共に、それを所蔵する場所と禅堂を兼ねた建物として建立されました。  茅葺き屋根の建物です。  内部には 南北朝時代に造られた「 薬師如来立像 」が安置されています。  仏殿が再建されるまでは、この堂が仏殿を兼ねていました。
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【 方丈 】
住職が居住する建物を「 方丈 」といいますが、現在は各種法要の他、坐禅会や説教会、夏期講座等の講演会や秋の宝物風入など、多目的に使われています。
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前庭の「 ビャクシン( 柏槇、和名イブキ )」の古木は「 無学祖元 」が手植したと伝えられています。
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【 妙香池( みょうこうち )】  
更に 奥に進みますが 何しろ大きい!
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創建当初よりある「 放生池( ほうじょうち )」で、江戸時代初期の絵図に基づき、平成12年( 2000 )、方丈裏庭園と合致した自然の姿に復元されました。
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丁度修行僧と遭遇しました。
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【 舎利殿( 国宝 )】
神奈川県唯一の国宝建造物で、境内の奥に位置する「 塔頭 正続院 」の中にあります。  舎利殿は入母屋造、杮( こけら )葺き。  一見二階建てに見えますが一重裳階付きです。  堂内中央には「 源実朝 」が南宋から請来したと伝える「 仏舎利 」を安置した厨子があり、その左右には「 地蔵菩薩像 」と「 観音菩薩像 」が立っています。  この建物は、組物( 屋根の出を支える構造材 )を密に配した形式で、軒裏の垂木を平行で無く扇形に配する形式( 扇垂木 )、「 柱・梁 」などの形状、「 花頭窓( 上部がアーチ状にカーブした窓 )」や「 桟唐戸( さんからど : 縦横に桟をはめた扉 )」の使用など、細部は典型的な禅宗様となっています。  元から円覚寺にあったものでは無く、鎌倉市西御門にあった「 尼寺太平寺( 廃寺 )」の仏殿を移築したもので、15世紀( 室町時代中期 )の建築と推定されています。  鎌倉時代建立の「 善福院釈迦堂( 国宝、和歌山県海南市 )」や「 功山寺仏殿(国宝、山口県下関市 )」と共に、禅宗様建築を代表するものとして高い評価を得ていますが、通常 非公開となっています。  鎌倉時代に中国から伝えられた様式を代表する、最も美しい建物として「 国宝に指定 」されています。
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【 唐門 】
「 方丈の正門 」と、「 舎利殿 」の前に立つ門です。  この唐門は、天保10年( 1839 )に建立されました。  屋根は、弓を横にした様な形で所謂「 唐破風 」となっています。  彫刻が見事です。  唐破風の懸魚には菊の花と葉、大瓶束の両側には亀に波、その上には雲形が彫られています。  台輪と虹梁の間には鳥と松などが見られ、対する奥側には龍があります。  両扉にある龍・雲・波濤の彫り物も見事です。
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【 弁天堂 】
「 江ノ島弁財天 」の加護によって洪鐘の鋳造が完成したと伝えられ、その弁財天を祀るお堂です。  「 北条貞時 」が洪鐘と併せて「 弁天堂 」を建立し当山の鎮守としました。
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【 白鹿洞( びゃくろくどう )】
円覚寺の創建開堂に当たって、「 無学祖元 」の法話を聞く為に山中から「 白鹿 」が出て来たという言い伝えがあります。    その「 白鹿 」が出て来たというのがこの「 白鹿洞 」なのです。    円覚寺の山号は「 瑞鹿山 」で、めでたい鹿の山 という意味があります。
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【 洪鐘( おおがね : 国宝 )】 
関東で最も大きい洪鐘( 高さ 259.5cm )で、国宝に指定されています。  円覚寺の開基である「 北条時宗の子である貞時 」が正安3年( 1301 )、国家安泰を祈願して寄進したものです。   今回疲れたので行けませんでした。
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ここからは「 塔頭 」です。

【 居士林( こじりん )】
「 居士 」とは在家の禅の修行者を指し、居士林は禅を志す在家のための専門道場です。  もと東京の牛込にあった「 柳生流の剣道場 」が、昭和3年( 1928 )柳生徹心居士より寄贈され、移築されました。  現在も学生坐禅会、土日坐禅会、また初心者でも参加できる土曜坐禅会が定期的に開かれています。
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【 帰源院 ( きげんいん )】
「 夏目漱石 」や「 島崎藤村 」が参禅したことで知られ、漱石の「 門 」に登場する「 一窓庵 」は当院がモデルで、境内には漱石の句碑があります。
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【 正続院 (しょうぞくいん)】
開山無学祖元を祀っています。
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【 黄梅院( おうばいいん )】   
一番奥にあるのが黄梅院です。   黄梅院は観応2年( 1351 )に示寂した第15世 夢窓疎石の塔所で、文和3年( 1354 )に弟子の方外宏遠によって創設されました。
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その他の塔頭には、仏日庵、黄梅院、続燈庵 (ぞくとうあん)、如意庵 (にょいあん)、蔵六庵 (ぞうろくあん)、臥龍庵 (がりょうあん)、正伝庵 (しょうでんあん)、寿徳庵 (じゅとくあん)、龍隠庵 (りょういんあん)、松嶺院、桂昌庵、富陽庵 (ふようあん)、伝宗庵 (でんしゅうあん)、白雲庵 (はくうんあん)、雲頂庵 (うんちょうあん)、昌清院 (しょうせいいん)等があります。

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