山ちゃんの徒然日記

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zoom RSS 江戸時代の外食 屋台

<<   作成日時 : 2012/12/27 16:44   >>

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今年の9月に「 江戸時代のお酒の飲み方 」をブログで紹介しましたが、好評で カウンター数が 800を 越えるに至りました。  有り難う御座いました。  今回は 続きで「 外食産業 と 屋台 」が放送され面白かったので 紹介します。

今の世の中、外で色々な食事を食べる事が出来ます。  でも 江戸時代の初め迄は「 外食 」する習慣は無かったらしいです。  一般に お江戸では 武士、庶民といえども家で「 一汁一菜( いちじゅういっさい )」で、質素な食事をしていたらしいです。 ただ「 白米 」の入手には困らず「 一菜 」の割にはご飯は 平均して 一日「 五合 」も食べており、その為「 ビタミン不足 」に陥り「 脚気 」の人が多く、脚気の事を別名「 江戸わずらい 」とも言っていた。
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具体的に「 外食 」が始まるのは「 明暦の大火( 1657年 ) 」以降、浅草で出された「 奈良菜飯( 奈良のお寺で食された精進料理 ) 」が始まりと言われています。  この料理は、米に大豆を炒り、それに ほうじ茶と醤油 」で炊いたご飯で、それに煮染め物が付いて「 銀五分( 現在の貨幣価値で約 1,000円 )」で食べる事が出来た。 これが繁盛したのは、江戸の庶民の「 上方への憧れ 」で、以降 食材を工夫して「 とろろ飯 」、「 菜飯 」へと発展していきました。
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何故 江戸で外食が普及したのか
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江戸が「 開府( 慶長八年 1603年)」された頃、地方から 職人、商人、はたまた「 一儲けを企む人達 」が集まり、又 参勤交代の制度( 寛永12年 1635年 )が確立して、地方の藩の武士達も江戸に住み始めたが、単身赴任がで「 男性 」が多い世の中であった。  自炊するのを良しとしていたが、このグラフの通り 食生活に占める割合が多く「 非効率 」であった。  又「 火事と喧嘩は江戸の華 」と言われるが、平均10年に一度の大火が発生し、火元は大変な「 罰 」を受けた。  これらの理由から 自分の家を建てるくらいなら「 食事や衣服 」に金を掛ける習慣に変わっていき、併せて「 ぼてふり 」なる、庶民に、材料「 野菜 ・ 魚 ・ 煮物 ・ おかず 等 」担いでを売る( 今の デリバリィ )商売が徐々に増え始めることになってきました。
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又 この頃から「 外食産業 」が盛んになり、「 居酒屋 」、「 煮売り屋 」、「 焼き売り屋 」、「 四文屋( 一皿 四文  現在の貨幣価値で約 80円 )の均一料金 」が現れ、外食産業が形成されていきました。
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この中で一番人気は「 鰻 」で、江戸の初期は「 鰻のブツ切り 」を串に刺して「 タレ( 江戸は 醤油にみりん、上方は酒 )」を付けて炭で焼くのですが、その「 姿形 」が「 蒲( がま )の穂 」に似ていましたが、その蒲( がま )が蒲( かば )に代わり「 蒲焼き 」となり、今に至っているらしいです。  
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最初は「 鰻 」と「 ご飯 」は別々に食べられていましたが、当時「 鰻の出前 」は、冷めない様に「 米糠( こめぬか )」で包まれていましたが、米糠を取る作業が不便な為、日本橋の商人が「 炊きたてのご飯の上に、焼きたての鰻 」を出前させたのが「 日本で最初の丼 」と言われています。
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以上の背景から「 屋台 」のお話し」へと移ります。  
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「 屋台 」と言えば 思いつくのが「 蕎麦 」、「 天麩羅 」、「 握り寿司 」です。  既に「 屋台 」は「 文化年間( 1804年〜1818年 )」の時代に 江戸では 約6,000軒の店が商売をしていたらしいです。
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「 天麩羅 」は具材を油で揚げる調理方法ですが、歴史は古く「 室町時代 」から有り、その語源は「 ポルトガル語 」の「 テンペロ( 調理 )」から来ています。  屋台で「 七輪 」を使い始め、これが「 食文化 」の下支えをしたのです。
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「 江戸屋台の定番 握り寿司 」が 世に出て来るのは遅く「 文政年間( 1818年〜1830年 )」、当然 冷蔵庫の無い時代なので、「 一斗樽 」に井戸水を入れて冷やし、材料は 煮たり焼いたりして「 食の安全 」を計りました。  当時の 握り寿司は「 米 」が大半を占め「 一貫 」の大きさは今の倍程度だったのが、女性が食べるのには 大きすぎるので 二つに切ったのが、現在 握り寿司 を頼むと「 二貫 」出て来る元になっています。( 諸説あります )
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当時 握られた寿司は「 樽 」の上に出されましたが、その名残が 今のカウンター越しに出される寿司屋( 回転寿司ではありません )の 元になっています。
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料亭の出現
こうして 外食産業が発展し、屋台が増えて来て、一流の板前、食材、建物( 屋形船 )、器、芸者 等に趣向を凝らした「 料亭 」が出現して来るのです。

奥さんが 友達と連れ添って食べに出かけるのや、商人が台頭して来て、接待に使ったり、奇麗どころ( 芸者 )を利用して 男性客を呼んだり、又江戸詰め留守役の情報交換場所に利用したり、「 田沼意次 」の時代に至っては、商人が「 幕府の要職を接待する場所( よく時代劇に出てきますよね。越後屋 お主は悪じゃのぅ〜 って ) 」に使ったりで、どんどん 大きくなっていくのです。
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高級料亭の「 八百善 」では「 一流の絵師を使ったレシピ本 」や 「 おこし絵( 漢字で書くと 起こし となります。 いわゆる 立体本 ) 」等を使って、客寄せをしています。
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何時の時代も 商売の基本は変わりませんね

内容と写真は「 BS-TBS の「 謎解き 江戸のススメ 」を元に 加筆しました。

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