時代祭を見学しました【其の九(延暦時代)】
今日は「 延暦時代 」です。 行列は 最初「 延暦武官行進列 」で、次ぎに「 延暦文官参朝列 」へと続きます。
延暦は、日本の元号の一つで、日本史とりわけ文化史、美術史上の時代区分の一つです。 昭和、明治、応永、平成に次いで、歴代で5番目に長い元号で、西暦782年から806年までの期間を指します。 この時代の天皇は桓武天皇です。
【延暦武官行進列( 参列者 : 平安講社 第二社( 左京区・北・上京・中京各区の一部 ))】
本列は延暦20年、征夷大将軍「 坂上田村麻呂 」が東征を終えて平安京に凱旋する様を表しています。 きらびやかな金小札の甲冑に、金作りの直刀を差し白葛のヤナグイ( 矢を盛って背負う道具 )を背負い、金胴の弭( 弓の弦をかける部分 )金物の槻の丸木弓を従者に持たせ、木地に漆画をほどこした鞍に、金銅の杏葉銜に赤革の鞦( 馬の飾り緒で三懸の一つ )の馬に乗り、従者、矛持、弓持を従えています。 この時代の考証史料は少なく、行装は正倉院御物や古墳の出土品などによって復元、その後の研究成果をもとに逐次改良が加えられています。
・太鼓兵士
・主将( 坂上田村麻呂 )
・副将
・将佐
【延暦文官参朝列( 参列者 : 平安講社 第一社( 北区・上京区 ))】
本列は延暦15年( 796 )、文官が朝賀の儀式のため参朝する様を表しています。 服装は朝服( ちょうふく )で、身分によって色が定められています。 三位は浅紫、四位は深緋、五位は浅緋、六位は深緑の袍を着用しています。 当時は平安遷都から間もない時期で、まだ奈良時代の服制が受け継がれ、いわゆる唐風が色濃く残されています。 時代祭の全行列が平安神宮に還り着いた時に、代表して三位が大極殿で祭文を奏上します。
・三位
・四位
・五位
明日も「 延暦時代 」で、「 神饌講社列 」、「 前列 」、「 神幸列 」に就いて報告します。
延暦は、日本の元号の一つで、日本史とりわけ文化史、美術史上の時代区分の一つです。 昭和、明治、応永、平成に次いで、歴代で5番目に長い元号で、西暦782年から806年までの期間を指します。 この時代の天皇は桓武天皇です。
【延暦武官行進列( 参列者 : 平安講社 第二社( 左京区・北・上京・中京各区の一部 ))】
本列は延暦20年、征夷大将軍「 坂上田村麻呂 」が東征を終えて平安京に凱旋する様を表しています。 きらびやかな金小札の甲冑に、金作りの直刀を差し白葛のヤナグイ( 矢を盛って背負う道具 )を背負い、金胴の弭( 弓の弦をかける部分 )金物の槻の丸木弓を従者に持たせ、木地に漆画をほどこした鞍に、金銅の杏葉銜に赤革の鞦( 馬の飾り緒で三懸の一つ )の馬に乗り、従者、矛持、弓持を従えています。 この時代の考証史料は少なく、行装は正倉院御物や古墳の出土品などによって復元、その後の研究成果をもとに逐次改良が加えられています。
・太鼓兵士
・主将( 坂上田村麻呂 )
・副将
・将佐
【延暦文官参朝列( 参列者 : 平安講社 第一社( 北区・上京区 ))】
本列は延暦15年( 796 )、文官が朝賀の儀式のため参朝する様を表しています。 服装は朝服( ちょうふく )で、身分によって色が定められています。 三位は浅紫、四位は深緋、五位は浅緋、六位は深緑の袍を着用しています。 当時は平安遷都から間もない時期で、まだ奈良時代の服制が受け継がれ、いわゆる唐風が色濃く残されています。 時代祭の全行列が平安神宮に還り着いた時に、代表して三位が大極殿で祭文を奏上します。
・三位
・四位
・五位
明日も「 延暦時代 」で、「 神饌講社列 」、「 前列 」、「 神幸列 」に就いて報告します。
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