「 寺田屋 」を見学
「 月桂冠大倉記念館 」から歩いて直ぐの所に龍馬が逗留していた「 寺田屋 」があります。 歴史が好きな方、龍馬ファンの方が 今でも 訪ねられています。
鳥羽伏見の戦いで[ 慶応4年( 1868 )]、寺田屋も含めた伏見一帯は激戦地となり、かつての建物は焼失しました。 現在の「 寺田屋 」は、消失前の建物を元に 明治時代 に建てられました。
消失前の建物は 正面向かって 右手の「 史跡庭園 」に建っています。 入ると 龍馬像 や 寺田屋騒動 [ 薩摩藩志士粛清事件 : 文久2年( 1862 )]で戦死した倒幕派薩摩藩士の石碑 等が建っています。
「 寺田屋事件 」は「 薩摩藩志士粛清事件 」と「 坂本龍馬襲撃事件 」と二つあります。 今 後者の方が「 寺田屋事件 」として有名です。
慶応2年( 1866 )1月23日の夜 龍馬は、長府藩士 三吉愼蔵と お酒を飲んでいました。 その席には 妻「 お龍( 楢崎 龍 : ならさきりょう : 享年 66歳 )」も同席していました。翌 午前3時頃、寺田屋に滞在中の龍馬が、伏見奉行所の幕府役人 30人ばかりに襲撃されました。 龍馬はピストル( 高杉晋作から護身用として贈られた )で応戦しながら追っ手をかわし、裏階段から庭に出て、隣家の雨戸を蹴破り裏通りに逃れたといわれています。 手指( 右手人差し指 と 左手親指 )を負傷しながら凡そ5町程( 約500m )走って濠川に達し、水門を経て入り込んだ屋敷裏手の材木納屋で救援を待ちました。
この襲撃をいち早く知ったのが 風呂に入っていた「 お龍 」です。 異変に気付き 龍馬に知らせるのですが、この時の「 お龍 」はその後の複数回にわたる談話で「 一糸まとわず 」といったり「 濡れ肌に袷を引っかけ 」と言ったりしています。 一般には 前者の方が有名ですが、どちらが正しいか不明です。
寺田屋での龍馬襲撃に関する新史料「 京都土佐藩邸関係資料 」が発見されました。 その資料によると龍馬の逃れた材木納屋の所有者は「 近江屋三郎兵衛 」で、濠川東岸「 村上町 」にあったとされています。傷を負った龍馬は薩摩藩の舟に救出され、紀州藩伏見屋敷( 現在の月桂冠昭和蔵、右後方 )の横を通過し、薩摩藩伏見屋敷( 現在の松山酒造 )に向かったとされています。
さて ここで 古い映画の話をします。 昭和33年( 1958 )、五所平之助監督 出演者 淡島千景( 登勢 ) 伴淳三郎( 伊助 )、若尾文子( お龍 )、森美樹( 坂本竜馬 )の映画「 蛍火 」公開されました。
この映画は 幕末期 寺田屋、龍馬、お龍 を中心に、そこに住む庶民の つつましやかな 生活の話ですが、故郷 一口( いもあらい )で 長期に亘って撮影されました。 今でも 出演した名優達と 五所監督の 姿を 覚えています。 実家もその時 映っていました。
鳥羽伏見の戦いで[ 慶応4年( 1868 )]、寺田屋も含めた伏見一帯は激戦地となり、かつての建物は焼失しました。 現在の「 寺田屋 」は、消失前の建物を元に 明治時代 に建てられました。
消失前の建物は 正面向かって 右手の「 史跡庭園 」に建っています。 入ると 龍馬像 や 寺田屋騒動 [ 薩摩藩志士粛清事件 : 文久2年( 1862 )]で戦死した倒幕派薩摩藩士の石碑 等が建っています。
「 寺田屋事件 」は「 薩摩藩志士粛清事件 」と「 坂本龍馬襲撃事件 」と二つあります。 今 後者の方が「 寺田屋事件 」として有名です。
慶応2年( 1866 )1月23日の夜 龍馬は、長府藩士 三吉愼蔵と お酒を飲んでいました。 その席には 妻「 お龍( 楢崎 龍 : ならさきりょう : 享年 66歳 )」も同席していました。翌 午前3時頃、寺田屋に滞在中の龍馬が、伏見奉行所の幕府役人 30人ばかりに襲撃されました。 龍馬はピストル( 高杉晋作から護身用として贈られた )で応戦しながら追っ手をかわし、裏階段から庭に出て、隣家の雨戸を蹴破り裏通りに逃れたといわれています。 手指( 右手人差し指 と 左手親指 )を負傷しながら凡そ5町程( 約500m )走って濠川に達し、水門を経て入り込んだ屋敷裏手の材木納屋で救援を待ちました。
この襲撃をいち早く知ったのが 風呂に入っていた「 お龍 」です。 異変に気付き 龍馬に知らせるのですが、この時の「 お龍 」はその後の複数回にわたる談話で「 一糸まとわず 」といったり「 濡れ肌に袷を引っかけ 」と言ったりしています。 一般には 前者の方が有名ですが、どちらが正しいか不明です。
寺田屋での龍馬襲撃に関する新史料「 京都土佐藩邸関係資料 」が発見されました。 その資料によると龍馬の逃れた材木納屋の所有者は「 近江屋三郎兵衛 」で、濠川東岸「 村上町 」にあったとされています。傷を負った龍馬は薩摩藩の舟に救出され、紀州藩伏見屋敷( 現在の月桂冠昭和蔵、右後方 )の横を通過し、薩摩藩伏見屋敷( 現在の松山酒造 )に向かったとされています。
さて ここで 古い映画の話をします。 昭和33年( 1958 )、五所平之助監督 出演者 淡島千景( 登勢 ) 伴淳三郎( 伊助 )、若尾文子( お龍 )、森美樹( 坂本竜馬 )の映画「 蛍火 」公開されました。
この映画は 幕末期 寺田屋、龍馬、お龍 を中心に、そこに住む庶民の つつましやかな 生活の話ですが、故郷 一口( いもあらい )で 長期に亘って撮影されました。 今でも 出演した名優達と 五所監督の 姿を 覚えています。 実家もその時 映っていました。
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