建長寺を訪ねました【其の参】
今日は「 建長寺境内 」から更に奥、山の中腹にあり 建長寺の鎮守である「 半僧坊( はんぞうぼう )」に就いて書きました。
「 半僧坊 」は、勝上嶽( しょうじょうけん、標高約114m )の山頂の中腹に鎮座する建長寺の「 奥の院 」です。 「 半僧坊 」の歴史は新しく、その由緒は「 明治時代 」から始まっています。 「 半蔵坊 」の建物は多くの天狗で囲まれています。 その事に就いて少し触れます。
静岡県引佐郡奥山( 現在の浜松市北区 )にある「 方広寺 」の開祖である南北朝時代の僧、「 無文元選( むもんげんせん )禅師 」は中国の「 元 」に渡り、修行の後 帰国途中、海で台風に遭遇します。 嵐の中、船中で禅師が観音経を唱えていると、鼻が高く眼光の鋭い一人の異人が現れました。この異人が「わたしが禅師を無事、日本にお送りします」と、船頭や水夫を指揮して台風を見事乗り切り、博多の港へと導いて姿を消したのでした。 その後、禅師が方広寺を開くと、その異人が再び姿を現し「 弟子になりたい 」と願い出ました。 禅師は「 あなたは、半ば僧の様だ 」と言われ、弟子になることを許し、そこから「 半僧坊 」と呼ばれ修行に励むことになりました。 禅師が亡くなると「 私がこの山と寺を護り、世の人々の苦しみや災難を除きましょう 」と姿を消し、「 半僧坊大権現 」となって「 方広寺 」の鎮守として祀られる事となりました。 その姿が 所謂「 鼻高天狗 」に似ているとされたのです。 寺社に祀られる天狗は、山の神 や 修験道に関わるものが多いのですが、この「 半僧坊 」の天狗の場合は外国からやって来た異人であるとされている珍しい例です。
そして、明治23年( 1890 )、当時の建長寺 第235世であった「 霄貫道禅師( おおぞらかんどうでんし )」は、その「 方広寺 」の天狗の姿をした「 半僧坊大権現 」を勧請し、神様として祀ったのです。 その為 「 手水舎 」の近くに大小12体の鉄製の天狗像が置かれているのです。 大昔、火事は天狗の仕業とされていたのですが、天狗を祀ることによって火災防止になるという言い伝えがあったからなのです。
方丈を後に「 半僧坊 」に向かって歩きます。
途中で2つの「 塔頭 」や「 紫陽花 」を見ながら歩きます。

竹に囲まれた「 虫塚 」があります。 これは平成27年( 2015 )6月、昆虫好きで知られている解剖学者の「 養老孟司さん 」が、人によって殺生された虫を供養しようと建立したものです。


下の写真の像は平成22年( 2010 )、中国少林寺より信託された 禅宗の開祖「 達磨大師坐像 」で、当初は「 法堂 」の前に置かれていましたが、現在は参道の横に置かれています。

右手の崖に「 洞穴 」が見えましたが、多分「 やぐら 」でしょう。



歩いていると 大型の三脚にプロ用のビデオカメラを取り付けたカメラマンが降りて来られました。 ここからどのくらいですかと聞いたら 15分程度ですが、結構「 キツイ 」ですよと。 もう一人 山登りの格好をしたご婦人は もうすぐですよと! どちらを信じて良いのか判りませんが、折角来たので、階段を上り始めましたが、階段を行けども 行けども先が見えません。






カメラを優先したのでペットボトルも持たず。 ふぅふぅ言いながら やっと、「 手水舎 」がある広場に辿り着きました。 冷たい湧き水でうがいをし、汗を拭い一休みです。
やっと「 天狗 」が見えました。


5分程度休んで 最後の階段を一気に上りました。 後で調べると階段は245段だそうです。 7年前 京都の東山にある「 豊国廟 」の485段の階段を上りました。 此方の階段の数は、約半分( 245段 )程度ですが、前よりも辛く感じました。 只、階段の勾配は 半僧坊 の階段の方が急峻でしたが、年ですかね。
本堂に辿り着きました。


左手前には、展望台があり、少し霞んでいましたが「 富士山 」が見えました。

又 此所からは、眼下に木々に囲まれた「 建長寺 」が見えます。

当日は天気も良かったので相模湾を一望出来ました。 自然の風に暫し涼んでいましたが、クーラー等と比べ 何と自然の風は素晴らしいことか。


此所の本堂に70歳過ぎの女性の方が 事務をされていますが、毎日下から歩いて通われているらしいです。
帰りは 階段の手摺りを掴みながら「 ソロ~リ ソロ~リ 」と下りましたが、小学校の生徒達は 走って上ってきます。 何ともはや 羨ましい限りです。
「 建長寺 」の目の前にバス停があり、 バスにも乗れたのですが 道が混雑して 何時来るか分からないので、北鎌倉駅 迄 約30分程度 歩いて帰りました。 でも 2回 バスに追い越されました。


帰りのJR横須賀線のホームで電車を待っている時、下りのホームのフェンスに周辺の 古刹の説明パネル が掲げられていました。 電車 座れて良かった!

万歩計で15千歩 以上を歩いた数値が表示されていました。
「 半僧坊 」は、勝上嶽( しょうじょうけん、標高約114m )の山頂の中腹に鎮座する建長寺の「 奥の院 」です。 「 半僧坊 」の歴史は新しく、その由緒は「 明治時代 」から始まっています。 「 半蔵坊 」の建物は多くの天狗で囲まれています。 その事に就いて少し触れます。
静岡県引佐郡奥山( 現在の浜松市北区 )にある「 方広寺 」の開祖である南北朝時代の僧、「 無文元選( むもんげんせん )禅師 」は中国の「 元 」に渡り、修行の後 帰国途中、海で台風に遭遇します。 嵐の中、船中で禅師が観音経を唱えていると、鼻が高く眼光の鋭い一人の異人が現れました。この異人が「わたしが禅師を無事、日本にお送りします」と、船頭や水夫を指揮して台風を見事乗り切り、博多の港へと導いて姿を消したのでした。 その後、禅師が方広寺を開くと、その異人が再び姿を現し「 弟子になりたい 」と願い出ました。 禅師は「 あなたは、半ば僧の様だ 」と言われ、弟子になることを許し、そこから「 半僧坊 」と呼ばれ修行に励むことになりました。 禅師が亡くなると「 私がこの山と寺を護り、世の人々の苦しみや災難を除きましょう 」と姿を消し、「 半僧坊大権現 」となって「 方広寺 」の鎮守として祀られる事となりました。 その姿が 所謂「 鼻高天狗 」に似ているとされたのです。 寺社に祀られる天狗は、山の神 や 修験道に関わるものが多いのですが、この「 半僧坊 」の天狗の場合は外国からやって来た異人であるとされている珍しい例です。
そして、明治23年( 1890 )、当時の建長寺 第235世であった「 霄貫道禅師( おおぞらかんどうでんし )」は、その「 方広寺 」の天狗の姿をした「 半僧坊大権現 」を勧請し、神様として祀ったのです。 その為 「 手水舎 」の近くに大小12体の鉄製の天狗像が置かれているのです。 大昔、火事は天狗の仕業とされていたのですが、天狗を祀ることによって火災防止になるという言い伝えがあったからなのです。
方丈を後に「 半僧坊 」に向かって歩きます。
途中で2つの「 塔頭 」や「 紫陽花 」を見ながら歩きます。
竹に囲まれた「 虫塚 」があります。 これは平成27年( 2015 )6月、昆虫好きで知られている解剖学者の「 養老孟司さん 」が、人によって殺生された虫を供養しようと建立したものです。
下の写真の像は平成22年( 2010 )、中国少林寺より信託された 禅宗の開祖「 達磨大師坐像 」で、当初は「 法堂 」の前に置かれていましたが、現在は参道の横に置かれています。
右手の崖に「 洞穴 」が見えましたが、多分「 やぐら 」でしょう。
歩いていると 大型の三脚にプロ用のビデオカメラを取り付けたカメラマンが降りて来られました。 ここからどのくらいですかと聞いたら 15分程度ですが、結構「 キツイ 」ですよと。 もう一人 山登りの格好をしたご婦人は もうすぐですよと! どちらを信じて良いのか判りませんが、折角来たので、階段を上り始めましたが、階段を行けども 行けども先が見えません。
カメラを優先したのでペットボトルも持たず。 ふぅふぅ言いながら やっと、「 手水舎 」がある広場に辿り着きました。 冷たい湧き水でうがいをし、汗を拭い一休みです。
やっと「 天狗 」が見えました。
5分程度休んで 最後の階段を一気に上りました。 後で調べると階段は245段だそうです。 7年前 京都の東山にある「 豊国廟 」の485段の階段を上りました。 此方の階段の数は、約半分( 245段 )程度ですが、前よりも辛く感じました。 只、階段の勾配は 半僧坊 の階段の方が急峻でしたが、年ですかね。
本堂に辿り着きました。
左手前には、展望台があり、少し霞んでいましたが「 富士山 」が見えました。
又 此所からは、眼下に木々に囲まれた「 建長寺 」が見えます。
当日は天気も良かったので相模湾を一望出来ました。 自然の風に暫し涼んでいましたが、クーラー等と比べ 何と自然の風は素晴らしいことか。
此所の本堂に70歳過ぎの女性の方が 事務をされていますが、毎日下から歩いて通われているらしいです。
帰りは 階段の手摺りを掴みながら「 ソロ~リ ソロ~リ 」と下りましたが、小学校の生徒達は 走って上ってきます。 何ともはや 羨ましい限りです。
「 建長寺 」の目の前にバス停があり、 バスにも乗れたのですが 道が混雑して 何時来るか分からないので、北鎌倉駅 迄 約30分程度 歩いて帰りました。 でも 2回 バスに追い越されました。
帰りのJR横須賀線のホームで電車を待っている時、下りのホームのフェンスに周辺の 古刹の説明パネル が掲げられていました。 電車 座れて良かった!
万歩計で15千歩 以上を歩いた数値が表示されていました。



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