「 巣鴨地蔵通り商店街 」に行ってきました【 其の五 】

食事をした後、商店街の「 観光案内板 」を見つけたら
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「 妙行寺( お岩様の墓 )」の文字が目に入りました。   歩いて15分程度だったので、お参り方々 行ってきました。

お寺は、正式には「 法華宗 陣門流長徳山 妙行寺 」といい、慶長9年( 1604年 )日蓮の開山により、麹町清水谷に創建され、寛永元年( 1624年 )四谷 鮫河橋南町に移転、その後、現在の西巣鴨の地に、明治42年( 1909年 )に移りました。   このお寺は、四世 鶴屋南北の 歌舞伎「 東海道四谷怪談 」で知られる「 於岩( お岩さん )」のお墓や、元禄赤穂事件で有名な「 浅野長矩 」の正室「 瑤泉院の供養塔 」、明治時代の 常磐津の名人の「 林中( りんちゅう )」さんのお墓もあります。  又、他にも魚河岸で犠牲になった生き物を供養する「 魚河岸供養塔 」や「 うなぎ供養塔 」等もあります。

お岩様は実在の人物で、お岩様の実家は「 妙行寺の檀家 」で、四谷にはお岩様 ゆかりの「 於岩稲荷田宮神社 」と「 陽運寺 」があり、特に「 陽運寺 」には「 お岩様の木像 」があるらしいです。   実際の「 お岩様 」は、貞淑な女性で、夫の「 田宮伊右衛門 」と夫婦仲が良く、お岩様の信仰のお陰で田宮家も栄えたという話が伝えられています。   それを芝居の「 東海道 四谷怪談 」では、色々と脚色されて現在のような話になってしまったのです。    今でも歌舞伎や芝居等で上演する前には、これら「 お岩様 」所縁の寺や神社にお参りをしないと祟りがあると言われています。  亡くなった「 中村勘三郎 」は、両方のお寺にお参りに行ったらしいです。

お寺の案内板には【 お岩様が、夫伊右衛門との折合い悪く病身となられて、その後亡くなったのが 寛永13年2月22日であり、爾来、田宮家では色々と「 わざわい 」が続き、菩提寺 妙行寺 四代目「 日遵上人 」の「 法華経 」の功徳により一切の因縁が取り除かれた と記されていましたが.......
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入り口には「 四谷怪談お岩の寺、妙行寺 」と彫られた石碑
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が立っており、山門を入ると
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右側に背の高い「 うなぎ供養塔、魚河岸供養塔 」
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が、続いて「 日蓮聖人の像 」があります
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その奥に本堂がひっそりと立っています
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境内は静かで、案内の矢印に沿って、歩くと 本堂の左奥に「 お岩様 」のお墓が有り、沢山の「 板塔婆 」が立っていました
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お参りの後、最寄りの「 新庚申塚駅 」から、生まれて初めて「 都電 荒川線 」に乗車し「 JR大塚駅 」に移動しました
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ほんと「 下町を走る電車 」という雰囲気でした。   この荒川線は、運転士のみが乗務する「 ワンマン運転 」で、車掌は配置されておらず、運転士は運転の他、車内放送の操作、運賃収受を一人で行います。  終点の「 王子駅前 」を除くと停留場には「 駅員 」がいないのも特徴で、路線バスと 同じ形態です
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運転手さんは「 バス 」のハンドルみたいなもので操作していました。    もう乗車する事は無いでしょう。

【 其の五 】にて「 巣鴨地蔵通り商店街 」は終わります。

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