室生寺に行って来ました

京都 二日目です。  今日は 奈良県の「 室生寺( むろうじ )」と「 長谷寺 」を「 かっちゃん 」が計画してくれました。  何時も 綿密なスケジュールと 費用を算出してくれるので 大変有り難く 感謝しています。

京都の歴史は古いですが、更に 時間を さかのぼる のが「 奈良 」の古刹です。  京都と比べ静かで ゆっくりと 見学出来るのですが、反面 古刹間の距離があり、車( タクシー )移動か、巧くバスの運行状況に合わせる以外方法がありません。  タクシーと言っても 数台しか無い会社が多いので一度逃すと大変です。

「 近鉄京都駅 」改札口に集合。  少し 時間が有ったので 何時もの 構内の喫茶店( カフェチャオプレッソ )でコーヒーを!  

この後 近鉄京都線 特急で「 大和八木駅 」を経由し、近鉄大阪線「 室生口駅 」で下車。   昨年末も 同 近鉄大阪線で「 室生口駅 」の手前の「 桜井駅 」で下車し、「 談山神社 」に行きました。

バスは出たところでしたが、タクシーがタイミング良くあったので 早速 乗り込んで いざ「 室生寺 」へ。  約20分程度乗車したと思います。
kintetsu muroou.jpg
MURO.jpg

室生寺の歴史に就いて。  「 室生 」という地名の由来は、神の宿る場所、豊かな森林の「 ムロ 」、「 ミムロ 」に由来すると言われています。

奈良盆地の東方、三重県境に近い 室生山の山麓から中腹に掛けてが境内となっている「 山岳寺院 」で、真言宗室生寺派大本山の寺院です。  山号は「 宀一山( べんいちさん )」で、西国薬師四十九霊場第八番札所となっています。  平安時代前期の建築物や仏像を伝え、境内はシャクナゲ や 紅葉の名所としても知られています。

平安時代を通じて「 興福寺 別院 」として 俗世を離れた山林修行の場でありました。  興福寺の傘下を離れ、真言宗寺院となるのは江戸時代のことです。  真言宗の拠点である高野山がかつては女人禁制であったことから、女性の参詣が許されていた室生寺は 江戸時代以降「 女人高野 」の別名があります。  

この寺は奈良時代末期の「 宝亀年間( 770 - 781 )、興福寺の僧である「 賢璟( けんえい )」によって開かれました。  室生寺の創建にかかわる根本史料として、「 宀一山年分度者奏状( べんいちさん ねんぶんどしゃ そうじょう )」という文書があります。  「 年分度者 」とは、毎年人数を限って得度を許された 国家公認の僧のことです。  この文書は承平7年( 937 )の作成で、その文に「 室生寺 」の歴史に就いて記しています。  それによると、宝亀年間、時の皇太子「 山部親王( 即位前の桓武天皇 )」が病に伏した際、浄行僧( 行いの正しい僧 )5名を室生山に派遣し延寿法を修させたところ効験( こうけん 効果 )がありました。  その後、賢璟は「 山部親王( 即位後の桓武天皇 )」の命で室生山に寺を建立したと書かれています。

宝亀年間に「 賢璟 」は 既に60歳を過ぎており、室生寺の実質的な創建者は次代の「 修円( 771 - 835 )」だと言われています。  「 修円 」は興福寺別当を務めると共に、日本天台宗の宗祖である「 最澄 」とも交流がありました。  「 修円 」の在世中には、空海の高弟である「 真泰 」が室生に入山。  承和10年( 835 )頃には「 円修 」と「 堅慧( けんえ/けんね )」が入山しています。  「 円修 」は天台宗の学僧で、初代天台座主の義真の弟子です。  

室生寺は中世を通じ「 興福寺 別院 」でしたが、江戸時代の元禄7年( 1694 )に護持院隆光の拝領するところとなり、護国寺末の真言寺院となりました。  翌年、徳川綱吉生母の「 桂昌院 」は、室生寺に二千両を寄進し、これを基に堂塔の修理が行われました。  元禄11年( 1698 )、室生寺は真言宗豊山派の一本寺となり、その後 昭和39年( 1964 )、真言宗豊山派から独立し、真言宗室生寺派の大本山となりました。

境内には柿葺きの「 金堂( 国宝 )」や「 弥勒堂( 重要文化財 )」、檜皮葺きの「 本堂( 国宝 )」などが散在しています。  金堂には、本尊である「 釈迦如来立像( 国宝 )」をはじめ、「 十一面観音立像( 国宝 )」など木造の貞観仏五体が安置されています。  他に、弥勒堂の「 釈迦如来坐像 (国宝 )」などの優れた貞観仏が伝わっています。  屋外に立つ古塔としては我が国最小の「 五重塔( 国宝、高さ16m )は、平成10年( 1998 )の台風で大きく損壊しましたが、現在は修復されています。  尚、塔の左の道を登ると「 御影堂( 重要文化財 )」のある奥の院があります。

室生川の蛇行に合わせて七曲がり八曲がりする道を進み、やがて門前町が見えて来ます。  タクシーを下りると室生川に架かる朱塗りの「 太鼓橋 」が目に鮮やかに飛び込んで来ます。
02.jpg
DSC_1959.jpg
橋の袂の石柱には「 別格本山女人高野室生寺 」の文字が彫られています。  歴史の長い室生寺の中で、この橋の建築時期は新しいです。  以前の橋は、昭和34年( 1959 )の伊勢湾台風によって流されてしまい、現在の「太鼓橋」が再建されました。

此所から境内に就いては 下図を参考にして下さい。
05.jpg
04.jpg

橋の先には 本坊の「 表門( 普段は通行禁止です ) 」が見えます。  「 表門 」の前には、「 女人高野室生寺 」と彫られた石碑があります。
02-1.jpg

「 太鼓橋 」を渡ったら右へと歩き参拝受付へ。
01-1.jpg
01-2.jpg
01-3.jpg
06.jpg
06-1.jpg

すぐ目に入るのが「 仁王門 」です。
02-2.jpg
02-3.jpg
元禄時代に一度焼失しましたが、昭和40年( 1965 )に再建されました。
09.jpg
10.jpg

門の 右側には 赤色の「 阿形像 」
11.jpg
12.jpg
左手には 青色の「 吽形像 」が配され
13.jpg
14.jpg
この二体の「 仁王像 」がお寺を守っています。  これも昭和に再興されたものです。  鎌倉時代の古地図によると、この「 仁王門 」の更に奥に「 二天門 」があったと記録されています。

「 仁王門 」を潜り 突き当たりを左に見ると、室生寺の名所の一つである「 鎧坂 」とその階段の両側に 紅葉した「 楓 」が目に入ります。  4月末から5月の初旬春を過ぎた頃には「 シャクナゲ 」が見事に咲くそうです。  境内には およそ3,000本もの「 シャクナゲ 」が育てられているそうです。  自然石が積み上げられた階段の様子が、編み上げた鎧の様に見える事からこの名が付きました。
15.jpg
16.jpg
17.jpg
19.jpg
18.jpg

坂を登りきると、右手に「 天神社拝殿 」、正面には「 金堂( 平安時代 : 国宝 )」、左手には「 弥勒堂( 鎌倉時代 : 重要文化財 )」があります。  「 金堂 」は、平安時代初期の建築ですが、江戸時代に増築されています。

この後に見る「 五重塔 」と共に、平安初期の山寺の仏堂としては日本唯一の物で、非常に貴重な建築物として高く評価されています。  尚、蛙股には薬壷が刻まれてることから、此所は 元々 薬師堂であったと考えられ、又 内陣に安置されている「 釈迦如来立像( 本尊 )」も、元は薬師如来でした。  内陣には、向かって右から地蔵菩薩立像、薬師如来立像、釈迦如来立像( 本尊 )、文殊菩薩立像、十一面観音菩薩立像の五尊像が並び、その手前には十二神将が安置されています。  五尊像は各々大きさや作風が違うことから、本来このお堂には、本尊の釈迦如来、地蔵菩薩、十一面観音菩薩の三体が安置されており、神様の本当の姿は仏様であるという「 本地垂迹説 」に基づいて、文殊菩薩と薬師如来が追加されたのではないかと言われています。
50 金堂.jpg
  
「 弥勒堂 」は、鎌倉時代の建築で、屋根は 檜やサワラの木を薄く割って重ねた「 杮葺( こけらぶき )」です。  内陣には「 弥勒菩薩立像 」や国宝「 釈迦如来坐像 」等が祀られています。  「 弥勒菩薩立像 」は、室生寺の仏像の中で最も古く、奈良時代から平安時代に掛けての仏像で、「 榧( かや )」の一本造です。  本体は勿論、蓮華座の上半分と両手・天衣・飾りまで含め、全て一つの木材から彫り出されています。  「釈迦如来坐像( 国宝 )」は、平安時代前期に造られました。  同時代前期の仏像彫刻の中でも、特に優れた仏像として有名です。  頭部には螺髪が無く、これは昔、この仏像が「 撫で仏( 病人が患部に相当する像の部分を撫で、その手で患部をさすると病気が治るとされる。 さすりぼとけ )」として信仰されていたことによると言われています。  大小の波が打ったような衣の表現も、「 翻波式衣文( ほんぱしきえもん )」と呼ばれる特徴的な技法をもって彫られています。
52.jpg
51-1.jpg
20 弥勒堂.jpg
20-1.jpg

「 弥勒堂 」の反対側に目を向けると、「 天神社拝殿 」があります。  その脇には、大きな岩があり、近づいてみると「 軍荼利明王( ぐんだりみょうおう )」が彫られているのが分かります。  「 軍荼利明王 」は、密教において「 宝生如来 」の教輪転身とされており、さまざまな災いを取り除いてくれると言われています。  一般的には腕を8本に表現されることが多いのですが、この「 軍荼利明王石仏 」の腕は10本もあります。  4年に一度、「 庚申の日 」に、町の人々がこの「 軍荼利明王石仏 」を拝みに来ることが、この地域の習わしになっています。  拝殿の奥には天神社が見えます。
30.jpg
31.jpg
33.jpg
34.jpg
36.jpg
37.jpg

「 金堂 」を出て、参道を更に上ると見えてくるのが、室生寺の本堂である「 潅頂堂( かんじょうどう )」です。  このお堂も 国宝で、建立は鎌倉時代 延慶元年( 1308 )で、このお堂では、真言宗の重要な法儀である潅頂が行われます。
61.jpg
「 潅頂堂 」正面には、日本三如意輪の一つに数えられる「 如意輪観音菩薩像 」が安置されています。  「 潅頂堂 」には「 悉地院( しっちいん )」の扁額が掲げられています。
60 本堂.jpg
63.jpg

「 潅頂堂 」に向かって左側の石段の上方に目をやると、「 五重塔( 国宝 )」が緑の木立に囲まれて建っています。  室生寺の「 五重塔 」は高さ16.22mで、屋外に建つ五重塔では日本で最も小さい方に属します。  その小ささから、「 弘法大師一夜造りの塔 」と例えられることもあります。  建立時期は室生寺の創建期である、天平時代末から平安初期まで遡ります。

塔の最上部を飾る相輪もまた、ほかの五重塔には見られない珍しい形式となっています。  九輪の上の水煙を置く部分に、受花つきの宝瓶を据え、更に天蓋と竜車・宝珠をあげています。  宝瓶の中には龍神がいて、塔を守っているのだそうです。  小さいながら、室生寺のシンボルとなっています。
101.jpg
102.jpg
104.jpg
60-1.jpg
60-1-0.jpg
60-2.jpg
64.jpg
五重塔は、平成10年( 1998 )9月22日の台風7号の強風で、傍の杉( 高さ約50m )が倒れた際に屋根を直撃しました。  西北側の各重部の屋根・軒が折れて垂れ下がる大被害を受けました。  しかし、心柱を含め、塔の根幹部は損傷せずに済み、復旧工事を 翌年から2年掛けて修復を行いました。  修理に際し奈良文化財研究所により、当初材を年輪年代測定法で調査したところ、延暦13年(7 94 )頃に伐採されたものであることが判明しました。  このことからも塔の建立年代を延暦19年( 800 )頃とする従来の定説が裏付けられました。  美しい「 檜皮葺( ひわだぶき )」は、全て室生山中の檜にてまかなうことが出来たそうです。

今回は 時間の都合で「 奥の院 」まで行かず 五重塔で 戻りました。
DSC_1925.jpg
DSC_1930.jpg

「 鎧坂 」を下りる途中 右手に お墓が有りました。  古くから「 神皇正統記 」の著者として知られる「 北畠親房の墓 」だそうです。  大正5年( 1916 )に五輪塔内部から、木製五輪塔が発見され、更にこの木製五輪塔の下2輪( 地輪・水輪 )の内部がくり抜かれ、水晶製五輪塔が納入されていたそうです。  又、塔下からは納骨壺が見つかり、中に水飴状の液体と少量の骨片のあることが確認されていました。  ただ 埋葬者を確定することは出来無かったようです。
105.jpg

仁王門で 暫し休憩した後「 本坊 」の庭を散策しました。
DSC_1943.jpg
DSC_1952.jpg
DSC_1953.jpg
DSC_1956.jpg

「 動画 」を2点 リンクしました。


予約したタクシーで 次の「 長谷寺 」へと向かいました。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 18

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント

SEKIA
2020年12月07日 08:03
紅葉の頃の室生寺も良いですね
僕は以前シャクナゲが咲く頃に来ています
奥の院へは行かれなかったですか?
奥の院への石段が自然石が積まれているので足元が悪く急なので息を着れせて奥の院に到着した事を思い出しました
山ちゃん
2020年12月09日 10:28
SEKIA様 コメント有り難う御座います。 次の 長谷寺に 移動するのに タクシーを予約した 時間の 都合上 今回は 五重塔 で戻りました。
奈良は 古刹が沢山あって良いのですが 何しろ 移動が大変ですね。