「 川崎市立 日本民家園 」を見学しました【 其の六 】

今日は「 東北の村 」2棟を紹介します。
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エリア「 神奈川の村 」から「 東北の村 」に移動します。
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■ 旧工藤家住宅( 国指定重要文化財 )
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・概  要:馬と共に暮らした南部の曲屋
      ( 岩手県紫波郡紫波町舟久保 )
・建築年代:江戸時代中期 宝暦の頃
・構造形式:寄棟造、茅葺
・見  所
曲がった部分( L字型 )は馬屋になっています。  土間境にある囲炉裏は、土足のまま踏み込んで暖まれる様になっていました。

東北地方 南部の「 曲屋 」は、盛岡を中心とする旧南部藩領と呼ばれ、比較的限られた地域内に分布する特異な民家形式です。  L字型の平面を持ち、突出した土間の先端に 馬屋を置きますが、こうした内厩の形式は北国独特の民家のものです。  特に春の短い東北地方北部では、農耕の為には、牛よりは動きの俊敏な馬を使う方が都合がよかったのですが、馬は癇が強く、その飼育は牛よりもずっと難しいのです。  そこで厩を屋内に設け、馬の健康状態を常に把握出来る様にしたのです。  しかし現在知られている曲屋の形式が誕生したのは意外に新しく、早くとも江戸中期頃だと考えられています。  それ以前はこの地方でも単純な長方形平面の直屋の形式で、古い家ではこれに曲がり部分を増築して曲屋としているのです。  そうした中で、工藤家は当初から曲屋として造られたものであり、その創建期の18世紀中期は、曲屋としては最も早い時期に属しています。  時代が降るにしたがって、この曲がりの部分が大きくなり、また屋根の形も入母屋や兜造として意匠を凝らすようになりますが、工藤家では厩も小さく、そして単純な寄棟屋根を乗せるのみで、曲屋発生期の素朴で古式な姿を留めています。  当初から曲屋として建てられたものとしては最古の部類に属するものであり、外観や間取りにも古式を残していて、曲屋の発生と展開を考えるうえでたいへん貴重な遺構です。
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別棟として「 便所 」があります。  物置と兼用になっています。
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母屋にももう一つ便所がありました。
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■ 旧菅原家住宅( 神奈川県指定重要文化財 )
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・概  要:屋根に高窓のある豪雪地帯の家
      ( 山形県鶴岡市松沢 )
・建築年代:江戸時代後期
・構造形式:寄棟造、茅葺、一重三階
・見  所
雪に濡れたものを脱げる様、入り口にアマヤを設けています。  積雪時にも立て付けが悪くならないよう、敷居に車が設けてあります。

古来より霊山としての信仰を集めた出羽三山の湯殿山・月山を東にひかえた、山形県東田川郡朝日村の田麦俣は、美しい外観を持つ「 ハッポウ造り民家 」の故郷として知られています。  菅原家住宅は同じ朝日村ですが、田麦俣とは谷ひとつを隔てた大鳥川沿いの松沢に所在していました。  同じ村の内でも、田麦俣の民家とは外観も間取りも異なり、むしろ南に隣接する越後の朝日山麓の民家に親近性を持つといわれています。  代々肝煎を勤めたと伝える有力農家です。  同じ村内でありながら田麦俣の民家とはやや異質な多層民家であり、また高ハッポウを持つ民家としては古く、この地方の養蚕と民家の形式の関係を知るうえで重要な遺構である。
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明日はシリーズの最後「 その他建造物 」の2棟を紹介します。

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