浦島太郎伝説があるお寺「 慶運寺 」

昨日書きました 東急東横線 反町駅 から「 反町公園 」を横切り、第二京浜を渡って東海道線の架橋を潜ると 左手に「 慶運寺( けいうんじ )」の入り口に着きます。
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その先に「 京浜急行 」が走っており、寺は その二つの鉄道路線に挟まれた地にあります。
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「 慶運寺 」は 室町時代 文安4年( 1447 )、芝増上寺三世 音誉聖観( おんよしょうかん ) により開創されました。  浄土宗で、山号は「 吉祥山( きちじょうざん )、院号は「 芳艸院( ぼうそういん )」で、御本尊は「 阿弥陀如来坐像 」です。  慶長4年( 1599 )、徳川家康より寺領七石を拝領しました。  

京の連歌師「 谷 宗牧( たにそうぼく )」は、天文14年( 1544 )3月3日の「 東国紀行 」の条に「 ほどなくかな川につきたり、此所へもこづくえ( 小机 )の城主へいひつけられ、旅宿慶運寺にかまへたり 」と記しています。 

「 慶運寺 」は「 江戸名所図会( えどめいしょずえ )」と「 金川砂子( かながわすなこ )」にも記載されている古刹です。

江戸名所図会 」では、「 吉祥山 慶運寺 茅草院と号す。  滝の橋の北詰より西の方へ一丁半ばかり飯田道の右側にあり、浄土宗花洛( からく )知恩院( ちおんいん )に属す。  本尊阿弥陀如来は立像三尺ばかりあり作者不詳。  開山は音誉聖観上人にして、文安4年丁卯開基という・・・・ 。  と記されています。
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絵を見ると、手前を流れているのは「 滝の川 」で、左側が上流です。  川の左岸を走る道から、山門をくぐりクランク状に本堂に至ります。  山門を抜けると「 地蔵 」、「 かね 」、「 本堂 」がありその先に「 玄関 」、「 庫裏( くり )」が見られます。

国立国会図書館蔵の「 金川砂子 」もご覧下さい。  「 金川砂子 」は 江戸時代の神奈川宿の様子を書いたもので、神奈川宿の住人「 煙管亭喜荘( きせるていきそう )」により、文政7年( 1824 )に作られました。  豊富な挿絵と共に当時の宿の様子が詳細に描かれており、神奈川宿の内とその周りの神社仏閣、歴史、生活、行事などが分かります。  当時流行った名所図会( 観光ガイドブック )の神奈川宿版といえます。
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慶運寺 」は、旧小机領三十三カ所子歳観音霊場の第九番札所とされており、その御詠歌( ごえいか、僧侶ではない一般の信者が寺院や霊場巡礼の際に唱える歌のこと )は「 ただたのめ願いもついに神奈川の 浦島かけて深きめぐみを 」と詠われています。 

江戸時代末期の「 横浜開港 」に際し、「 フランス領事館 」として使われ、初代領事のベルクールが滞在したことでも有名です。
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以上 簡単に「 慶運寺 」に就いて説明しましたが、「 浦島寺 」として一般に知られています。  以下 そのことに就いて書きました。

現在の神奈川区浦島が丘に「 観福寿寺( 以下 観福寺 )」 通称「 浦島寺 」と呼ばれる寺がありましたが、慶応4年( 1868 )、神奈川宿大火で類焼しました。  この時 縁起の詳細は失われてしまいましたが、焼失を免れた龍宮伝来の「 本尊浦島観世音像 ・ 浦島父子塔 ・ 浦島寺碑 」は 明治6年( 1873 )「 慶運寺 」に移されました・  残りの「 石塔 2基 ・ 亀像 1基 ・ 顕彰歌碑碑 1基 」は、「 観福寺 」が廃寺になった後もその地に残され、後に移転してきた「 蓮法寺 」の所有となりました。

このことから「 慶運寺 」は通称「 浦島寺 」として一般に知られる様になりました。
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浦島伝説関係資料の内、前記の寺に残る「 観世音像 」等の事物は、平成7年( 1995 )浦島太郎伝説に係わる資料として横浜市の重要文化財に指定されました。  この観世音像( 観音様 )は、「 浦島太郎 」が龍宮より帰る際に乙姫様から玉手箱と一緒に守り本尊として授かったものと伝えられます。
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民話にある「 浦島太郎伝説 」は、日本人の誰もが知っているお伽噺で、日本各地に様々なバリエーションで 伝えられています。  横浜市神奈川区には、一般に伝えられている内容とは異なる浦島太郎の物語が伝わっています。  その内容とは。

昔、相模国三浦を治める「 浦島太夫 」と呼ばれる人がいました。  太夫には太郎という息子がいました。  ある時太夫は朝廷から「 大裡 」という役を仰せつかり太郎を連れて丹後国( 京都北部 )へ移住しました。  ある日、太郎が小舟で釣りをしていると、五色に輝く珍しい亀を釣り上げました。  太郎が船の上で居眠りをしている間にその亀は美女( 乙姫 )に変わり、太郎は乙姫に連れられて竜宮城に行き、歓待を受けました。  3年が過ぎ、父母のことが恋しくなった太郎は暇を乞い、乙姫から玉手箱と観音像を授けられて丹後へと戻りました。  しかし丹後の様子は全く変わっており、父母も知人も見当たらない。  道であった老人に300年ほど前に浦島太夫という者の子の太郎が釣りに行ったきり帰って来なかったことがあったと聞きました。  太夫は悲しんだが、そのまま年を取り亡くなったという。  亡骸は武蔵国の白幡の峰に葬られているそうだ という話を聞く。  太郎は嘆き、乙姫との約束を忘れて玉手箱を開けてしまい老人となってしまった。  老人となった太郎は父母の菩提を弔おうと武蔵国へ向かい、苦しい旅の末に白幡の峰までたどり着きました。  その時、一本の松に不思議な明かりが灯り、その下に行ってみると両親の墓があったのです。  この明かりは、乙姫が太郎に墓の場所を知らせるために灯したのだったのです。  太郎は、墓の傍に庵を建て菩薩像を安置して父母の霊を弔いこの地で亡くなった。   乙姫が明かりを灯した松は「 龍燈の松 」と呼ばれるようになり、太郎の庵は「 観福寺 」となった。 という内容です。

ここから 境内を紹介します。

【 慶運寺 入り口 】
慶運寺の説明パネル、かつてのフランス領事館跡の碑、そして「 浦島寺碑( 市重要文化財 )」があります。  亀の形をした石の上に載せられている石碑です。  正面に「 龍宮伝来 浦島観世音 浦島寺 」、側面には浦島観音が百観音の一つであることや浦島観音の由来、更に塔の修造や再建の記録などが刻まれています。  塔は天明元年( 1780 )、台石は文政8年( 1825 )の建立と記されています。  観福寺焼失前は、浦島父子塔ともに東海道から観福寺へ入る道の角にあったと考えられています。
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【 手水鉢 】
さすが「 浦島寺 」といわれるだけあって手水鉢も「 亀 」の形をしています。
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【 本堂 】
本尊・阿弥陀如来坐像が安置されています。  昭和20年( 1945 )の横浜大空襲で全焼し、昭和33年( 1958 )に再建されました。
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木鼻の彫りが見事です。
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【 浦島観音堂 】
「 観福寺 」の本尊であった 高さ40cm の観音様が安置されています。  木造(寄木造)、彫眼の立像で、左手にハスの花を持ち、蓮台の下を亀が支えています。  造立時期は明確ではありませんが、元禄6年( 1693 )の増上寺末寺帳に その名が 記述されていることから、少なくとも元禄時代には造立されていたと考えられています。  

観音様の両側には「 浦島大明神立像 」と「 亀化龍女神立像 」が安置されています。  柔和な面立ちの観音様で、亀の背上に立っている姿を間近に見ることが出来るのは、12年毎のご歳開帳の期間だけです。  ただ 安置されている「 観音堂 」の正面 扉に「 小さな拝観の窓 」が設けられており 拝む事が出来ます。  偶々 境内で掃除をされていたご住職の話によると、今年が12年目となるのですが、新型コロナの影響で ご開帳 は中止となったそうです。  次は12年後となります。  

お堂は 明治7年( 1874 )観音堂建立、大正12年( 1923)関東大震災震災で倒壊、昭和10年( 1935 )に再建されました。
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覗き窓です。  ライトで照らされています。
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何とか撮れました。
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【 浦島父子塔 】
本堂の前、浦島観音堂の左側に置かれています。  浦島父子塔正面に淳和天皇の勅願所であったこと、右側面には寺内に浦島父子の塚があること、左側面に浦島大明神と亀化龍女神が鎮座することが刻まれています。  裏面には、天明8年( 1788 )に建立したことや、当時の住職や建立の発起人名などが刻まれています。  観福寺焼失前は、東海道から観福寺へ入る道の角にあったと考えられています。  現在は、慶運寺の本堂の前、浦島観音堂の左側に置かれています。
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【 六地蔵 】
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【 五輪塔 】
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このお寺は「 浦島太郎 」縁のお寺として知られているので、テレビの散歩番組等で紹介されています。  以下 ほんの一部ですが。

・平成28年( 2016 ) 4月:日本テレビ「 ぶらり途中下車の旅 」

・平成28年( 2016 )14月:NHK「 ブラタモリ 」( フランス領事館として )
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・平成28年( 2016 )11月:テレ東「 アド街ック天国 」
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・令和 元年( 2019 ) 2月:テレ東「 あさ散歩( アグネ・スチャン )
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・令和 元年( 2019 ) 5月:テレビ朝日「 じゅん散歩 」

ご住職に お礼を言って 次の目的地「 蔦金 」さんへ。

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