「櫛田神社」を参拝しました

九州 博多 の三大祭りと言えば

博多どんたく(5月3日 ~ 4日 )
博多祇園山笠( 7月1日 ~ 15日 )
  国重要無形民俗文化財に指定
博多おくんち( 10月23日 ~ 24日 )

で、「 櫛田神社 」が深く関わっています。  只、今年は「 博多どんたく 」と「 博多祇園山笠 」の開催は「 新型ミロナ 」の影響で中止されました。

【 櫛田神社に就いて 】
「 櫛田神社 」は、古来 博多の「 氏神・総鎮守 」として信仰を集めている神社です。  「 博多祇園山笠 」や「 博多おくんち 」などの祭事がこの神社で行われます。   「 博多どんたく 」は厳密には櫛田神社の祭事ではないものの、松囃子一行は「 櫛田神社 」から出発するしきたりになっています。  祭神は「 大幡大神( 櫛田大神 )」、「 天照皇大神 」、「 素盞嗚大神( すさのおのみこと )」の三神で、正殿に大幡主神、左殿に天照大神、右殿に素盞嗚神が祀られています。   当社以外にも日本全国に幾つかの櫛田神社がありますが、それ等が「 櫛名田姫 」を主祭神とする神社であるのに対し、当社は「 櫛名田姫 」は祀られていません。   只、諸説の中で、元々は「 櫛名田姫 」を祀る神社であったとする説もあります。  大幡大神( 大幡主命 )は伊勢国松坂の櫛田神社から勧請した神とされています。  別名を大若子命と言い、天御中主神の19世の子孫で、北陸地方で怪物を退治したとされています。  尚、大幡神を主祭神とする神社は佐渡市にあり、「 櫛名田姫 」を主祭神とする神社5社の内3社も北陸地方に存在しています。

社伝では、天平宝字元年( 757 )、松阪にあった「 櫛田神社 」を勧請したのが始まりとされ、松坂の「 櫛田神社 」の祭神の大幡主神が天照大神に仕える一族の神であったことから、天照大神も一緒に勧請されたと伝えられています。  天慶4年( 941 )、小野好古が藤原純友の乱を鎮める為、京都の八坂神社に祈願し、平定した後に当社に「 素盞嗚神 」を勧請したと伝えられています。   他に、平安時代末期、平清盛が所領の肥前国神埼の「 櫛田神社( 櫛田宮 )」を、日宋貿易の拠点とした博多に勧請したものあるとする説があります。  戦国時代は荒廃しましたが、天正15年( 1587 )、豊臣秀吉によって博多が復興される際に現在の社殿が造営されました。  明治元年の神仏分離令より前の江戸時代迄は東長寺に属る神護寺が櫛田神社を管理していました。  

冒頭説明しました 博多三大祭りの一つ「 博多祇園山笠 」と「 櫛田神社 」とは特に深く関わっています。  平成29年( 2017 )に「 ユネスコ無形文化遺産 」に登録された「 博多っ子 」に欠かせない夏のイベント山笠「 博多祇園山笠 」は、櫛田神社の右殿に祭られている「 素盞鳴尊( すさのおのみこと )」の祭りです。  平安時代に始まった京都・八坂神社の「 祇園御霊会( ぎおんごりょうえ )」が起源で、旧暦6月15日、「 山鉾( やまほこ )」を立てて町中を巡行したのが全国に普及しました。  「 博多祇園山笠 」もその一つとされています。  伝承では 仁治2年( 1241 鎌倉時代 )宋から帰国した「 聖一国師( しょういちこくし )」が、流行病の病魔退散を祈願する為に、「 施餓鬼( せがき )棚 」に乗って博多の町中を舁( か )き回り、祈祷水を撒いたのが始まりとされており、770年を超える歴史と伝統を誇る祭りです。  

本件に就いては 以前アップしました「 承天寺 」も併せてお読み下さい。  今年は 中止になったものの「 博多祇園山笠 」は、毎年7月1日から15日に掛けて開催され、期間中10数メートルの絢爛豪華な「 飾り山笠 」が市内10数箇所に立ち並び、300万人と言われる観客を魅了します。  そして、祭り後半の10日から重さ1トンもの舁き山笠が町中を勇壮に疾走し、祭りは、静の山笠から動の山笠へ移ります。  クライマックスは15日の早朝4時59分の「 追い山笠 」で、七基の舁き山笠が5キロ先の「 回り止め( ゴール )」を目指し夜明けの博多の町を駆け抜けます。  

京都の「 祇園祭 」は 優美な世界を展開しますが、博多の「 祇園山笠 」は男の祭りといった感があります。  この日 博多市内は「山笠一色 」となります。
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【 境内 の風景】
地図を添付したので 参考 にして下さい。
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・ 楼門
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・ 楼門の扁額
「 稜威( みいつ )」と書かれています。  「 天子・天皇の御威光 」という意味です。
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・ 楼門にある干支恵方盤
内側に方位、外側に十二支が配されたカラフル図柄で、その年の恵方( 縁起の良い方角 )を示しています。
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境内より
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・ 座牛( 撫牛 )
撫牛( なでうし )は、病気平癒のみならず、諸願成就にも効力があるとされ、開運を信じて常に牛の身体をなでていれば、出世はもとより、万事願いが叶い、自ら思いもよらない幸運に恵まれることがあるといわれています。
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・ 手水舎
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・ 神馬
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・ 不老長寿の水
井戸から汲み上げられた水は、鶴の嘴を通って出てきます。  3羽の鶴に囲まれているため「 霊泉鶴の井戸 」とも呼ばれています。  現在は飲み水として適していません。  塩辛いことでも有名で、櫛田神社が海に面していた時代の名残りです。
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・ 中神門
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・北神門
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・ 神殿( 拝殿 )
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・ 博多塀( 土べい )
太閤町割りで再興された街には「 博多べい 」と呼ばれる土塀が作られました。  この土塀には、石や瓦などが埋め込まれています。  もとは戦災のため街中に山積した瓦礫を処分するためでした。  太閤町割りに協力を惜しまなかった博多三商傑の一人、島井宗室の屋敷跡にありました。  この塀が四散してしまうことを危惧した有志によって移築再建されました。
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以前アップした「 吉塚うなぎ屋 」にも「 博多塀 」がありました。

・ 力石
江戸時代のもので有形民俗文化財です。  元々力石は力試しをする石です。  由来は、神霊がよりついた石を持ち上げることで豊凶・天候・武運等の神意をうかがう石占の信仰にさかのぼると言われています。
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・ 飾り山笠
1年中 見学することが出来ます。  前と後ろがあります。
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・夫婦ぎなん
大樹三本の内一本が雌木で秋にはたわわな黄金色の実をつけ、子孫を宿すことから、夫婦円満、縁結びの霊樹として地域の信仰を集めています。  高さ22m、幹回り6m。  博多では銀杏を「 ぎんなん 」ではなく、「 ぎなん 」と発音するそうです。  毎年秋に「 神職 」の人達が「 ぎなん落とし 」をするそうです。
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・ 脇門
本殿と南神殿 とを仕切る門です。
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・ 櫛田神社清道
ここで「 博多祇園山笠 」が開催されます。
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・ 南神門
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【 櫛田茶屋 】
「 ブラタモリ 」でも紹介された 南神門を出て 階段を降りた左手にあります。  大宰府天満宮名物の「 梅が枝餅 」と同じですが、この茶屋の先代が、「 梅が枝餅 」の手法を学び、販売されるようになりましたが、商権の関係で、同じ味ですが「 梅が枝餅 」の「 梅の焼き印 」が押されておりません。
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【 川端商店街 】
博多リバレイン、博多座からキャナルシティ博多までをつなぐ、およそ400mのアケードに約100店舗が並ぶ商店街です。  この商店街は 飲食店は元より、仏壇屋や、直ぐ近くの 中洲繁華街で働く女性達の衣服も売っており、他の商店街では見られ無い光景を目にする事が出来ます。
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