名代「吉塚うなぎ屋」でうなぎを戴きました

博多で 知らない人はいない「 吉塚うなぎ屋 」で「 うなぎ 」を戴きました。  

九州 博多 出身の「 タモリさん 」も大絶賛の「 うなぎ屋 」で、繁華街 中洲の「 博多川側 」にあります。
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調理法は「 関西風 」です。  関東風と関西風の調理法に就いてふれます。

【 うなぎの調理法 】

■ 東西で違ううなぎの開き方( 背開き と 腹開き )
・ 関東では背開きです。  
その昔、江戸の町には侍が多く、「 切腹 」を連想する腹開きは縁起が悪いとされ、背開きが主流になったとされています。  又 当時は熟練した料理人が少なく、難易度の高い腹開きが出来る職人が限られ腕のよい調理人の数が需要に追い付かなかったのです。  そこで採用されたのが背開きです。  うなぎは背側から開くと大人しく捌( さば )き易いのです。  調理効率が良く、時間も短縮出来るので背開きが好まれたといわれている。  又、うなぎの腹には脂が乗っているので、その旨みを逃がさない為に背開きが好まれたという説もあります。  以上の理由で、関東ではもっぱらうなぎは背開きとなり、その方法が現在でも受け継がれています。
・ 関西では腹開き
関東が背開きなのに対し、関西では腹開きが主流です。  江戸の町が武家社会に対し、上方は商人文化だったので、「 腹を割って話す 」ということを意味する腹開きが好まれたといわれています。

■ 東西の焼き方の違い( 焼く前に 蒸すか蒸さないか )  

・ 関東のうなぎは蒸す
関東風のうなぎのば焼く特徴は、素焼きにした後に蒸します。  昔 江戸の町では単身者が多かったことから、お一人様用に早く美味しく提供することが求められました。  そこで生まれたのがこの関東風の「 かば焼き 」です。  調理法はうなぎを一度素焼きにして、そのあと箱に入れてうなぎをふっくら柔らかく蒸し上げます。  お客が来るまでにそこまで下ごしらえをしておいて、いざお客の注文が入ったらタレを塗ってサッと焼けば出来上がりというわけです。  この方法なら注文後の調理時間を短く出来るので、気の短い江戸っ子にはピッタリの調理法なのです。  又事前に火を通しているので、タレで焼いても焦げ無いのも特徴です。  又 うなぎを蒸すと身がふっくらするので、心なしかうなぎが大きく見えます。  その見た目の良さが見栄っ張りの武家社会で好まれたと言う説もあります。  現在も関東では、うなぎのかば焼きは蒸した後にタレ焼きにして出されます。  
・ 関西のうなぎは蒸さない
関西風ではうなぎを蒸しません。  関西ではうなぎを開いたらダイレクトに焼き、焼く技術で身を柔らかくするのです。  又ご飯の中にうなぎを入れることで身を柔らかくすることも多いのです。  実際に関西のうな丼はご飯の間にうなぎが入っています。  又うな丼を「 まむし 」と言うが、その語源は 蛇のまむし では無く「 まんまむし 」にあり、これはご飯で蒸すことを意味しています。  諸説として ごはんをまぶすことを転じて「 まむし 」になったという説もあります。

■ 串が違う

・ 関東風( 竹串 )
串打ちに竹串を使用します。  前述の通り「 関東風 」では蒸すので焼き時間が短く、竹串でも燃えることがないことから使用されています。  串の入れ方は、身と皮の間を縫うように刺します。
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・ 関西風( 金串 )
串打ちに長い金串を使用します。  蒸さない分 関西ではうなぎを焼く時間が長いため、金串を使用する事になるのです。  串の入れ方は、背びれ、尾びれ、頭をつけたまま文字通り「 串刺し 」にします。
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■ 関東風と関西風の境界線は?
関東風と関西風の境界線は、浜松から諏訪湖に至る天竜川沿いといわれています。  実際に浜松市では関東風と関西風の店が共存しているそうです。

【 吉塚うなぎ屋 】
博多 中洲は「 日本三大歓楽街(東京の新宿・歌舞伎町、札幌・すすきの、博多・中洲 )」の一つとして有名です。  那珂川と博多川に挟まれた「 中州 」に由来します。   地元の人は 今でも「 なかす 」では無く「 なかず 」と 濁って 呼ばれる方が結構います。  地元出身の「 タモリ 」は、此所を「 中洲産業大学 」と称しています。  又 中洲は普通辞書を引くと一般的には「 中州 」と出て来ますが、国土地理院らでは「 中洲 」を採用しています。  その「 博多川 」に面した所に「 吉塚うなぎ屋 」があります。

九州の美味しい店として 多々有る中で「 せいもん払い 」、「 水炊きの長野 」、「 もつ鍋の 山中 」等と肩を並べる「 吉塚うなぎ屋 」は、「 明治6年( 1873 )」に 徳安新助が「 鰻料理の専門店 」として、最初は 昨日 書いた「 福北ゆたか線 」の吉塚で暖簾を出し、その後 現在の地に移りました。  「 串打三年、裂き八年、焼きは一生… 」と言われる 鰻料理の技法は、美味しさを最大に引き出すため、焼きの段階で、更に「 こなし 」という独自の技を加えています。  腹割り、串打等は関西風ですが、この店では 更に 鰻を焼きながら「 もみ、たたく 」ことにより、にじみ出た脂で表面がムラなく焼きあがり、鰻そのものもが「 ふっくら 」とするのです。  何時だったか忘れましたが 「 もみ、たたく 」の技法はテレビのグルメ番組でも紹介していました。

この店を訪れたのは始めてですが、博多に居た頃は、単身だったので ほぼ毎日 会社が終わると 中洲で 途中下車 していました。  その 行き付けの「 スナック 」で知り合った方が、時折会うと 必ず 土産に「 うな重 」を 持って帰れといって プレゼントしてくれました。  それが「 吉塚うなぎ屋 」の蒲焼き だったのです。  へぇ~ こんな美味しい物が有るんだと思って戴きました。  その方 早稲田大学名誉教授の「 吉村作治 」先生に似た方でしたが、後で 教えて貰いましたが 「 Y組傘下 」の九州の幹部の人でした。  後で自ら 素性を明かし この店の客には 絶対手は出さんと 言っていたのを覚えています。  特に 店のママには 頭が上がりませんでした。  その後 本人から 広島の事や北海道の別荘地の事等 一般の人達が知ら無いことを 酒を飲みながら面白可笑しく教えてくれました。  「 山ちゃん 」の知り合いの 呑み仲間は 酔っ払って「 ちょび髭 」をむしった事もありました。  その事から この店の鰻 の話が出ると 必ず この人を思い出します。  面白い話は多々ありますが、適切な内容では無いのでこの辺で。

混雑することは 知っていましたので、日が沈む前に 店に行きました。
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前を通る事は有りましたが 店内へは初めてです。
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大正解でした。  早々に 2階へ。
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明らかに「 吉塚うなぎ屋 」のファンの方々が お一人で食べに来られています。  以前書きました「 勝烈庵 」と同じで、この味と 焼き方が 若い時から食べられて忘れられ無いのでしょう。  この時「 老舗の味 」と言うのが 何となく分かった次第です。

「 うな重 」と「 うまき( 蒲焼を出汁巻き卵で包んだもの )」を頼みました。
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そうこうしている内に「 うな重 」と「 うまき 」が運ばれて来ました。
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2段重の 上が「 蒲焼き 」、下が「 ご飯 」となっています。
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ここの店では 鰻のタレ が 別皿になっているのが特徴です。
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タレは 少し 甘め でした。  色々な食べ方が有ると思いますが、従来の ご飯の上に 鰻を載せて タレ を掛けて 食べる方法もありますが、「 郷に入っては郷に従え 」で、店のお薦め通り、鰻を皿のタレで一度付けてから戴く事に。
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鰻が別になっているので、お酒を飲まれる方は良いのではないでしょうか。

いゃ~ 笑いが出て来る程に 実に美味しい。  勿論関東( 東京 )のフワフワで無く、関西の硬さでも無く、外はパリパリ、中はフワフワ感のある焼き方でした。  鰻にタップリと山椒を掛けて戴くと 皿に 美味しさが増します。
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以前 同窓生で 九州の柳川に行った時も 昼食は「 うなぎ 」でした。  ここも 少し固めでしたが、これが 九州の特徴なのかも知れません。

・ 店  名 : 吉塚うなぎ屋 本店 ( よしづかうなぎや )
・ 住  所 : 福岡県福岡市博多区中洲2-8-27
・ 電  話 : ( 092)271-0700
・ 営業時間 : 11時~21時
・ 休  み : 水曜日

まだ 外が明るかったので、歩いて数分の「 櫛田神社 」にお詣りに行きました。  その話は明日。

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