「 貴船神社 」に行きました

京都 二日目です。  暑かったので、涼しくて、三密が避けられる場所として「 貴船神社 」を選びました。    

本来なら「 出町柳 」から叡山電鉄で「 貴船口 」迄行くのですが、今年は 台風21号の影響で、貴船口駅の手前 約200mにある線路の西側で、広範囲に亘って斜面が崩れその土砂が線路を覆ってしまったのです。  その為、市原駅 - 貴船駅間は運行を見合わせています。  勿論 復旧作業は急いで行われていますが、今日現在 何時から 開通するかのお知らせは出ていない状況です。
000.jpg
  
その為「 かっちゃん 」と 地下鉄 四条烏丸駅 で、指定車両の最後部で待ち合わせし、終点の「 国際会館 」で下車、そこからバスで 1回乗り換えて 貴船に移動することとなりました。
001.jpg
002.jpg
003.jpg

先程 叡山電鉄の一部区間が 復旧作業と書きましたが、本宮に行くべく「 貴船川 」に沿って歩きましたが、一部の店の「 川床( かわどこ )」が大雨で流された痕跡を方々で見掛けました。  又 以前訪れた時から比べると 水嵩が増している様に思えました。  この道は 7月に入ると 観光客で賑わいますが「 新型コロナ 」の影響で 川床は 結構 昼時の割には 空いている状況でした。  観光客が少なく、涼しかったので 最適な選択コースとなりました。
004.jpg
005.jpg
006.jpg

【 貴船神社 由緒 】
「 貴船神社( きふねじんじゃ )」は、「 延喜式神名帳( えんぎしきじんみょうちょう : 延長5年( 927 )に纏められた 延喜式の巻九・十のことで、当時 官社 に指定されていた全国の神社一覧 )」に「 山城国愛宕郡 貴布禰神社 」として記載され、式内社( 名神大社 )に列しています。  後に22社の1社とされ、保延6年( 1140 )に最高位の正一位の神階( しんかい )を授けられています。  全国に約450社ある「 貴船神社 」の総本社です。  地域名の貴船「 きぶね 」と呼びますが、水神であることから 本来は濁らず「 きふね 」と呼ぶのが正式です。  

前述の通り、古くは「 貴布禰神社 」と記しましたが、「 黄船 」、「 木船 」、「 木生嶺 」、「 気世根 」などの表記も見られます。  明治4年( 1871 )官弊中社 となり、以後「 貴船 」で統一されました。  水に縁の有る事から、古くから全国の料理・調理業や水を取扱う商売の人々から信仰を集めています。 又、縁結びの神としての信仰もある一方、縁切りの神、呪咀神としても信仰されており、丑の刻参りでも有名です。  社殿は、本宮( ほんぐう )結社( ゆいしゃ : 中宮 なかみや )奥宮( おくみや )の3箇所に分かれています。
0.jpg
本地図は 貴船神社 のホームページより転用。

右手 貴船川の 川の流れを聞きながら 緩やかな坂を登ると 左手に「 本宮 」へ通じる参道が見えます。  此所から 歩いた順番に説明します。

【 本宮( ほんぐう )】
本宮の御祭神は 水の供給を司る神「 高龗神( たかおかみのかみ : 伊弉冉尊の御子神で水を司る神 )」です。  社伝によると、創建の年代は不詳ですが 第18代反正天皇( はんぜいてんのう )の時代、神武天皇の母である玉依姫命が、黄色い船に乗って淀川・鴨川・貴船川を遡って当地に上陸し、奥宮の水が湧き出すところに社殿を建てたという「 御鎮座伝説 」がある古社です。  対岸 鞍馬山の「 鞍馬寺 」は平安初期の 延暦15年( 796 )に藤原伊勢人が貴船明神の夢のお告げで建立したと諸書に出ているので、その当時 既に 貴船の神は大きな力を具えていたことが伺えます。  永承元年( 1046 )7月の水害で奥宮が流出、天喜3年( 1055 )4月に現在の本宮の地に社殿を「 再建・遷座 」し、元の鎮座地は「 奥宮 」となりました。
009.jpg
010.jpg
011.jpg
012.jpg
013.jpg
014.jpg
015.jpg
015-1.jpg

・本殿
015-2.jpg

訪れた時は 先月の末でしたが、毎年 七夕の日( 7月7日 )に行われる「 貴船の水まつり 」の名残が見られました。
025.jpg
026.jpg
027.jpg
028.jpg
029.jpg

趣旨は、水の恵みをもたらす水神様、即ち「 水の供給を司る 」貴船の神様に感謝の誠を捧げ、天候が順調で今年も適度に水の恵みを戴ける様にと祈るお祭りです。  雨乞神事に由来し、現代に即した祭礼として昭和38年に始められました。

・絵馬 発祥の社
「 白馬 」と「 黒馬 」の横に「 絵馬発祥の社 」と書かれた駒札( 立て札 )が建っています。  「 貴船神社 」は古くから「 水の神様 」、特に「 雨乞いの神様 」として名高く、歴代の天皇は 干魃( 日照り )の時には「 黒馬 」を、長雨には「 白馬 」を奉納して「 雨止み 」 又は「 雨乞い 」の祈願をしたとされていました。  後には生きた馬に替えて馬形の板に色をつけた「 板立馬 」を奉納したと伝えられています。  この「 板立馬 」が今日の絵馬の原形となり、貴船神社は「 絵馬発祥の地 」と呼ばれる様になりました。  更に 木や紙に描いた馬の絵で代用されるようになり、江戸時代になると個人が小さな絵馬を奉納する習慣が広く流行しました。
032.jpg
033.jpg
034.jpg

・御神木の桂の木  
貴船は古来「 木生嶺 」、「 気世根 」などと書かれていました。  大地のエネルギー「 気 」が生ずる山、「 気 」の生ずる根源といった意味です。  神道では、体内の気が衰える事を「 木枯( けが )れ 」といい、参拝する人達が 御神気 に触れ、気力の充実することから「 運気発祥( 開運 )」の信仰が高いのです。  「 御神木 」は 根元から幾つもの枝が天に向かって伸び、上の方で八方に広がっています。  これは御神気が龍の如く大地から勢いよく立ち昇っている姿に似ており、御神徳を象徴し まさに御神木と仰がれる由縁なのです。  樹齢およそ400年、高さ約30mの大きさです。
022.jpg
024.jpg
023.jpg

貴船神社の特徴として非常に興味深いのは、本宮・中宮・奥宮のすべての境内に御神木として巨大な桂がそびえていることです。

・御神水
石垣からは 今迄に一度も枯れたことの無く 湧き出ている「 御神水 」があります。
016.jpg
017.jpg
018.jpg

・石庭 天津磐境( あまついわさか )  
昭和の作庭家の一人「 重森三玲( しげもりみれい )」氏が、昭和40年( 1965 )に、古代の人々が神祭りを行った神聖な祭場「 天津磐境 」をイメージして造った石庭です。  貴船川から産出する貴船石は、緑色や紫色をした綺麗な 水成岩で、庭石、盆栽石等の名石として 数も少なく珍重されています。  この写真の庭は「 貴船名石保存 」の為、全てを貴船石で石組みされているのが特徴で、庭全体が船の形になっています。  中央の 椿 樹がマストで、神様がご光臨になる「 樹籬( ひもろぎ : アンテナ? )」でもあります。  神武天皇の母神様・玉依姫が、浪速の津から水源の地を求めて 黄色の船に乗ってこの地に来られたとの 神社創建の伝承に因んでいます。  その黄船は 今でも「 奥宮 」に船形石として残っています。
031.jpg

・本宮 舞台から見た「 貴船川 」です。
035.jpg
036.jpg
037.jpg
038.jpg

【 中宮へ 】
此所から 階段を下りて 次の「 中宮 」に向かいます。
039.jpg
040.jpg
041.jpg
042.jpg
045.jpg
046.jpg
047.jpg
048.jpg

【 中宮( なかみや )、結社( ゆいのしろ 】
結社( ゆいのやしろ )は、本宮と奥宮の中間に在り、本宮から上流へ300mの 山側の小高い地に在ります。  その立地から中宮( なかみや )とも呼ばれています。  「 磐長姫命( いわながひめのみこと、木花開耶姫命 ( このはなさくやひめのみこと )の姉姫 )」を祭神とし、古くから縁結びの神様として信仰されています。  「 磐長姫命 」が縁結びの神とされることになった「 天孫瓊瓊杵尊( ににぎ )」が磐長姫命の妹の「 木花開耶姫( このはなのさくやひめ )」と結婚しようとした時、姉妹の父の「 大山祇命( おおやまつみ )」は、磐長姫命も共に奉ったのですが、「 瓊瓊杵尊( ににぎ )」は木花開耶姫とだけ結婚したので、磐長姫( いわながひめ )はそれを恥じ、「 縁結びの神として良縁を授けん 」と言って当地に鎮まったといわれています。
049.jpg
050.jpg
051.jpg
053.jpg
054.jpg
「 結社 」と呼ばれる由縁もこの伝承に基づくもので、平安期には既に 縁結びの神様として霊験あらたかだと貴族から庶民に至る迄、多くの人々が参詣したと伝えられています。  縁結びを願う人々は、願いごとをしたためた「 結び文 」を結び合わせて祈願すると霊験あらたかで、生涯の幸福が得られると信仰を集めています。  又、男女間の縁だけで無く、人と人、子授け等あらゆる縁結びにあらたかだと伝えられており、就職、入学、企業間の縁結びなど、様々な願掛けの為に訪れる人達が今でも多いそうです。

・天の磐船
「 磐長姫命の御料船 」として平成8( 1996 )年に奉納された船形の自然石「 天の磐船 」が置かれています。  貴船の山奥で見つけられた見事な船形の自然石です。  結社の御祭神「 磐長姫命( いわながひめのみこと )」の御料船として結社境内に納められました。  古くは、「 船 」は唯一の交通機関であり、人と人、文化と文化を結びつけるという大切な役割を担うことから、縁結びの信仰と深い関わりがあります。  大きさは 長さ 約 3.3m、幅 約1m、重量6t。
055.jpg
056.jpg
057.jpg
058.jpg

・和泉式部 歌碑
又、近くに「 和泉式部( いずみしきぶ )」が、貴船神社に参拝した際、蛍が飛んでいるのを見て詠んだ短歌「 ものおもへば 沢の蛍も わが身より あくがれいづる 魂たまかとぞみる( 訳 : 恋しさに悩んでいたら、沢に飛ぶ蛍も私の体から抜け出した魂たましいではないかと見える )」の歌碑です。
059.jpg
060.jpg

【 奥宮へ 】
061.jpg
062.jpg
063.jpg

【 相生の杉( 御神木 )】
同じ根から生えた日本の杉で樹齢千年と言われています。  同じ根から生えた2本の杉の大木がぴったりと寄り添っています。  「相生」は「相老」に通じ、その寄り添う姿が仲睦まじい老夫婦の姿にたとえられ、夫婦円満の象徴として親しまれています。
065.jpg
066.jpg
067.jpg
「 奥宮 」参道に通じる鳥居が見えます。
068.jpg
069.jpg

【 思ひ川 】
「 奥宮 」参道の入り口に架かる橋で、その下の流れる川を「 思ひ川 」といいます。  かつては「 御物忌川( おものいみがわ )」と呼ばれ、参詣する際にこの川で禊して心身を清めたといわれています。  和泉式部も参詣して恋を祈ったとことから、「 おものいみがわ 」が変じて、「 おもひがわ 」になったのではないかと言われています。
070.jpg
071.jpg

・つつみが岩
貴船特有の貴船石です。  古代の火山灰堆積の模様を表す水成岩で、紫色に輝き、色調・形状ともに秀でた名石です。  大昔、貴船・鞍馬は海底火山であったことが多くの化石から証明されています。  「 枕状溶岩 」もそれを証明する一つ、海底火山の活動によって流れ出た溶岩が海水で冷やされ固まり、これが幾つも重なって枕状になるのです。  庭石の名石で知られる貴船石も溶岩で、この「 つつみが岩 」もよく見ると枕状である事が確認出来ます。  大きさは 高さ 約4.5m、周囲 約 9m、重さ 43t。
072.jpg
073.jpg
更に 参道を歩きます。
074.jpg
075.jpg
075-2.jpg

【 奥宮( おくみや) 】
奥宮は中宮の上流へ 更に400mの距離に在り、「 本宮 」の項で書いたとおり 以前はここが「 本宮 」でした。  「 高龗神( たかおかみのかみ )、又一説には玉依姫命も 祀られていると伝えられています。
076.jpg
080.jpg
083.jpg
  
「 高龗神 」と「闇龗神 」は 社記によると「 呼び名は違っても同じ神なり 」と記されています。  降雨、止め雨を司る龍神で、雲を呼び、雨を降らせ、それを招き 降った雨を地中に蓄えさせ、それを少しずつ適量に湧き出させる働きを司る神様です。 一説には「 闇龗神 」は谷底暗闇の龍神、「 高龗神 」は山上の龍神 とも言われています。
084.jpg
085.jpg
087.jpg
089.jpg
090.jpg

・船形石( ふながたいし )
奥宮本殿の西側にあり、船の形をした石組み。   貴船神社創建伝説によると、約千年前( 第18代 反正天皇の御代 )、初代神武天皇の皇母「 玉依姫命 」が大阪湾に現れ、水の源を求めて黄色い船に乗り、淀川・鴨川を遡り、その源流である「 貴船川 」の上流 現在の「 奥宮 」の地に着き、水神を祀り「 黄船の宮 」と呼ばれました。  その 黄色い船は 人目に触れぬよう石で包まれたといわれています。  古くから、船乗り達から「 船玉神 」として信仰され、現代でも船舶関係者等からの尊信がことさら篤いのです。  古来、日本人は川上への憧れがありました。  「 澄む 」という字は、「 川を登る 」と書くように、川上は清浄な場所であり、ものを生み出す神秘の処でした。  それは「 水を飲む時には源を思え 」といわれる様に、ものと心を大切にする、「 報恩反始 」の精神に繋がっていくのです。  貴船神社創建に関わるこの伝説も、この様な遡源( そげん )思想が根底にあり、万物の根源である水に対する信仰と相まって、貴船信仰として全国に広がっていったと思われます。  大きさは 長さ 約10m、幅 約4m、外周約:約24m、高さ 約2m。
091.jpg
092.jpg

・連理の杉( 御神木 )
奥宮の本殿北側には、京都市指定の天然記念物となっている 桂 をみる事が出来ます。  この杉は、京都市指定の天然記念物となっています。
大正13年( 1924 )、貞明皇后が参拝の折 賞賛された御神木です。  「 連理 」とは、別々の木が重なって一つになるという意味で、夫婦、男女の仲睦まじいことをさします。  この 御神木は「 杉 と 楓 」が和合したのもので、非常に珍しいとされています。  「 貞明皇后 」がこの御神木を見られた時は紅葉も終盤、殆どの 紅葉 は 既に葉を落としていたにもかかわらず、「 連理の杉 」の楓は美しい色のもみじの葉が残っていたと 言い伝えられています。  その光景に感激され、後日読まれた御歌は文学ページ「 短歌 」冒頭にて紹介されました。
095.jpg
096.jpg
097.jpg
  
此所で 元来た道を引き返しました。
094.jpg
093.jpg
099.jpg
100.jpg
101.jpg
102.jpg
103.jpg
104.jpg
105.jpg

京都市内の蒸し暑さとは異なり結構涼しかったのですが、貴船川に沿って「 料亭 と 納涼床 」が並んでおり、何処に入るか迷います。  その話は明日です。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 13

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント