都内 代官山にある「 旧朝倉家住宅 」

一度 見学してみたいと思っていた 東横線 代官山駅 近くの 重要文化財「 旧朝倉家住宅 」に、電車の空いている時間帯を狙って行って来ました。  東急東横線 代官山駅から徒歩数分の所にあります。
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【 旧朝倉家住宅 に就いて 】
「 旧朝倉家住宅 」は、渋谷区猿楽町の台地が目黒川の谷に落ち込む南西斜面に、東京府会議長や渋谷区会議長を歴任した「 朝倉虎治郎( あさくらとらじろう ) 」によって、大正8年( 1919 )に建てられました。  

「 朝倉家 」は明治以降、米の販売などで財をなした家で、大正期の和風2階建て住宅の趣のある建物と回遊式庭園から構成されており、戦後は政府の大臣や長官の公邸、会議所などとして使用されていました。  
平成16年( 2004 )、主屋と土蔵が「 国の重要文化財 」に指定された後は文化庁が所有、渋谷区が管理し、一般公開されています。  洋と和を巧みに取り入れた主屋は、大正ロマンを感じさせる建物です。  
入り口で 拝観料( 100円 )を払おうと思ったら 60歳以上は無料との事でした。
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お礼を言って パンフレットを戴きました。  パンフレットに 見学の順番が描かれていますのでそれに沿って見学しました。
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他の資料の見学順路も添付しましたので参考にして下さい。
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【 附属屋( 車庫 )】
入って 直ぐ左手( 東側 )にあります。  大正8年の建設当初から車庫がありました。  市街地化が急速に進む東京の周縁部で、自動車は必須の道具となっていきました。  屋根を支える洋風の構造、コンクリートの土間、両妻の内側の波形の鉄板など、普及し始めた頃の車庫の仕様が残されています。  一度 管理棟として改造されましたが、後 創建当時の姿に復原されました。
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【 主屋 】
東京都心部に所在する数少ない関東大震災以前の和風住宅で、主屋は敷地北寄りの中央に位置し、その主体部は南北棟 1階建の部分と、その西に接続する東西棟2階建の部分から構成されています。
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1階建部分は東面中央に玄関が突出し、これを入ると左手( 南側 )に12畳半の応接室、右手( 北側 )に洋室があります。その西に接続する2階建部分は、1階に南北2列( 各3室 )、計6室の居室を設けていました。  

現在、南列の3室は間仕切りを廃して広い1室( 会議室 )となっています。  2階は西に15畳の座敷、東に12畳半の次の間があり、その東には廊下を挟んで茶室と水屋を設けられています。  15畳の座敷は「 床( とこ )」、棚、付書院の座敷飾りを備え、天井は格天井となっています。  

主体部 1階の南西側には「 杉の間 」と称する座敷部が接続しています。  主体部の西、座敷部の北には廊下で囲まれた中庭を設け、中庭の西には別棟の土蔵が建っています。  「 杉の間 」は3室から成り、化粧材に杉材が用いられています。  その北西に接して茶室を設け、茶室の北の小室は大きな円窓を設けることから円窓の間と呼ばれています。  円窓の間の北に接して先述の土蔵が建っています。  他に、主体部の北側に内玄関と台所、中庭の北側に家族室がそれぞれ突出しています。

主屋の外装材は、屋根が瓦葺き、外壁は下見板張り、部分的に漆喰塗りで、屋内は、床の殆どが畳敷と、接客と家族のための座敷が統一されています。

以下 主だった見学場所を 写真に撮りました。

・1階 玄関
来客専用で、家族も普段は使うことはなかったそうです。
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・1階 応接間の欄間
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・1階 板戸
2階の板戸と同様 日本画家、小猿雪堂 の作です。
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・1階 応接室に面した廊下、応接室。
ガラス戸が古いので 波打っていました。
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・2階へ
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2階から1階を見下ろす。
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・板戸
二階階段の踊り場にある板戸には、踊り場側に菊、その裏側に「 唐獅子牡丹 」が描かれています。  「 唐獅子牡丹 」は国内で古くから描かれてきた画題ですが、旧朝倉家住宅では唯一の 中国的意匠( いしょう:デザイン )ともいえるものです。  作者は、一階の応接間にある襖や、板欄間、板戸 などと同様「 狩野永信 」門下で、後に「 小堀鞆音( こぼりともと )」や「 橋本関雪( はしもとかんせつ )」に師事し、文展や日本南画院 などで活躍した 日本画家「 小猿雪堂( こえんせつどう )」と伝えられています。
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・2階 廊下とガラス戸、広間、廊下から眺めた中庭
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・1階へ
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・1階から 庭に通じる廊下
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・1階 会議室から見た庭。
この会議室は居住部分で、寝間、中の間、仏間の三部屋から成っていましたが、戦後、官庁の施設として使用する際に会議室に改装したものです。
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・1階 杉の間と円窓
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・1階 杉の間から土蔵が見えました。
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・1階 杉の間から玄関に移動 事務室に備え付けの金庫がありました。
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・内玄関( 家族用玄関 )
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・来客用 洋間 ↓↓上げ下げ窓のとなっていす。
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【 庭園 】
主屋を出て、「 庭門 」を潜り庭園に向かいます。  この庭園は、大正時代の和風住宅に対応した庭の姿が随所に残されています。  庭園は、玄関前の前庭( ぜんてい )、敷地南側に広がる主庭( しゅてい )、坪庭の中庭( ちゅうてい )に大別されます。  主庭は、西渋谷台地の崖線部にあるため、斜面とその上部平地から成り、敷地外の眺望を借景として取り入れ、富士山や目黒川、田園風景が望めるような構成になっていました。  現在は 高層ビルで 目黒川も富士山も 見られません。  主屋からは、額縁に入った絵を見るような庭の景観が意識され、三田用水から引用して流れと小滝を配し、また各種の石灯籠や景石を多用するなど、この時代の作庭の特徴を示しています。  植栽は、アカマツを主木にカエデ類を配し、スダジイ、シラカシなどの常緑樹を交えた雑木林風の景観が意図されていました。  現在は主木の枯死( こし )、実生( みしょう )の繁茂、庭樹( ていじゅ )の大径木化などにより変化しています。  三田用水から導かれた水路護岸や石組みは、伊豆産の玉石や根府川石( ねぶかわいし )で構成されています。  水路底のモルタルには部分的に砂利を混ぜ、水音を発生させる工夫も見られます。  庭園は、石灯籠などの添景物でも景観がつくられています。
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【 土蔵 】
西側に配置され、庭園から「 土蔵 」の外観だけ見ることが出来ます。  
2階建ての母屋と平屋からなる主屋の西側に、中庭を取り囲むように連結している蔵は、軸部を木造、外壁が鉄筋コンクリート造の 切妻2階建て の建物です。  住居である主屋と連結しており、平側になる南の壁の各階と、反対の北側2階に観音扉の窓があり、1階の窓は「 銅板一文字葺( どうばんいちもんじぶき )」の庇( ひさし )で覆われています。  住居との連結部分以外の壁面には、火災の際に濡らしたむしろを吊り下げるための「 折れ釘 」が規則正しく施されており、折れ釘の周りの漆喰が、丘状に盛り上がっています。  土蔵内部は見学出来ません。
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【 その他 】
「 旧朝倉家住宅 」を出て、右に歩くと 外から「 旧朝倉家住宅 」をみる事が出来ます。
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「 旧山手通り 」から土蔵の一部を見ることが出来ます。
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現在「 旧朝倉家住宅 」の見学は、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、4月12日( 日 )まで臨時休館となっています。

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