本乗寺を訪ねました

「 八杉神社 」の菊名駅寄りに「 本乗寺 」があります。  日蓮宗のお寺で 山号は「 大寶山 」、正式には「 大寶山本乗寺 」と称します。  
戦国時代 天文23年( 1554 )、北条氏の家臣「 小幡伊賀守泰久 」が創建しました。  開山は日逞上人[ 天正8年( 1580 )]で、本尊は「 三寶祖師 」です。  

「 小幡伊賀守泰久 」は、元 足利氏の一族で今川氏に仕えていましたが、後に北条氏に従いました。  永禄元年( 1558 )、「 伊豆戸倉の合戦 」で討ち死にし、口伝えでは 本乗寺に眠っているそうですが、以下の風土記によると 墓石や場所は分からずとなっています。

新編武蔵風土記稿 」に本乗寺の縁起が記されています。  村の東南八王子社の側にあり、日蓮宗京都妙福寺末大寶山と號す、本尊三寶祖師客殿に安ず、天文二十三年北條家麾下の士、小幡伊賀守泰久が起立する所にして、開山は日逞と云、天正八年十月二十一日寂を示せり、村の古記録によれば開基泰久討死の時屍を境内を歸葬せしと云へど、今は墓石なければ其所を知らず。 三十番神堂。客殿の右にあり三間に九尺。

住宅地の中の参道を歩くと「 山門 」が見えます。
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山門を潜ると 目の前に「 本堂 」があります。  梵鐘が本堂前に置かれていましたが、鐘楼がないのは寂しい事です。
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本堂の「 扁額 」です。
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本堂です。
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以前 紹介した「 八杉神社 」から「 本乗寺 」の裏手は 小高い丘( 現在は住宅地 )となっています。  この辺り一帯は「 大豆戸( まめど )城( 平山城 )」があり、麓には「 小幡伊賀守泰久 」が居住していたとされています。  先程も書いた通り 住宅地でその遺構は残っていません。  以前書いた「 小机城 」の東 約2Kmに位置し、支城としての機能があったとされています。
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