奈良 斑鳩の里「法隆寺」を訪ねました【其の壱】

次の目的地は「 法隆寺 」です。
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「 山ちゃん 」は始めて訪れます。  昼食の後JR奈良駅から法隆寺駅迄 約10分程度 関西本線 で移動します。
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タクシーの看板はありますが待てど暮らせど来ません。  よく見ると駅から 法隆寺参道入り口 迄「 コミュニティバス 」が出ているのが分かりました。  殆んど観光客の方は居られず 地元の方が大半です。
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※ 現在の教科書では「 厩戸皇子・厩戸王 」を使う様になっていますが、「 山ちゃんの徒然日記 」では「 聖徳太子 」として書きました。

此の地「 斑鳩の里 」は、「 聖徳太子 」が創建した世界で一番古い木造建築の「 法隆寺 」を中心に広がる静かな山里で、付近には「 藤ノ木古墳 」を始め多くの古墳や古墳時代の遺跡が存在し、この地が古くから一つの文化圏を形成していたことが分かります。  

遥か遠い昔、インドで生まれた宗教「 仏教 」。  今から 1400年の昔、日本人は自らの宗教として「 仏教 」を取り入れました。  それに大きな役割を果たした寺が 斑鳩にある「 法隆寺 」です。  聖徳宗の総本山で、別名「 斑鳩寺 」とも呼ばれています。
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推古天皇 」の時代に、皇族の中でいち早く仏教に帰依したのが、摂政だった「 聖徳太子 」です。  太子がこの地に「 斑鳩宮 」を置いたことから始まります。  太子は 推古天皇13年( 605 )、飛鳥からこの「 斑鳩宮 」に移り住み、この地で仏教の理念を政治に取り入れた「 国家統一 」に尽力しました。  それにより 仏教の布教、日本で始めての憲法制定など、政治・文化・学問が花開き、日本を代表する「 仏教美術 」と「 文化遺産 」の名刹の「 法隆寺 」を始め、中宮寺・法起寺・法輪寺など「 聖徳太子 」に縁の古寺が点在します。

創建は「 金堂薬師如来像光背銘、 」に刻まれている「 上宮聖徳法王帝説 」から 7世紀「 推古天皇15年( 607 )」とされています。  金堂、五重塔を中心とする「 西院伽藍 」と、夢殿を中心とした「 東院伽藍 」に分けられます。  境内の広さは約18万7千㎡です。  特に「 西院伽藍 」は現存する「 世界最古の木造建築物群 」で、今日に至るまで長い歳月を守り継がれて来ました。  平成5年( 1993 )に「 法隆寺地域の仏教建造物 」として 日本で最初の「 ユネスコの 世界文化遺産 」に登録されました。  建造物以外にも、飛鳥・奈良時代の仏像、仏教工芸品など多数の文化財を有しています。  その数は「 国宝 」だけでも「 38点 」あります。  一つの寺で「 国宝 」を有する数は日本で一番となっています。

今日からシリーズで、歩いた順番に 文化財を紹介します。  「 境内図( 法隆寺ホームページより )」と「 案内板 」を参考にして下さい。
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重要文化財までとなると 膨大な資料となるので、「 国宝 」を中心に書きました。  紹介した国宝の数々は 公開されていない物が大半で、随分と前に NHK BS で放送された録画をハードコピーしました。

説明文は 『 』 【 】 の順番に 詳細を記しています。

『 参道 』
両側に松の木が植えられています。  「 南大門 」近くに「 法隆寺の案内板 」と「 下馬石碑 」が見られます。
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『 南大門( 国宝 )』
「 西院伽藍の南方 」、境内入口に建っている総門です。  入母屋造の一重門で、室町時代( 1438 )に造られました。  当時の「 西大門 」を移築し建立されました。  創建時永享7年( 1435 )の創建ですが焼失し、その3年後に再建された物です。
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明日は「 西院伽藍 」からスタートです。

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