「 原信夫とシャープス&フラッツ 」ファイナルコンサート

原 信夫( はらのぶお、本名・塚原 信夫 昭和元年 生まれ 富山県出身 )は、日本の「 ジャズミュージシャン( テナーサックス奏者 )」として有名です。   昭和18年「 大日本帝國海軍軍楽隊 」に入団以降、戦後「 ジャズミュージッシャン 」の道を歩みます。    
芸名を「 原信夫 」に改め、バンド名を「 シャープス アンド フラッツ( # & ♭)」を設立後、昭和38年「 原信夫とシャープスアンドフラッツ 」として「 NHK紅白歌合戦 」の演奏に出演 。   昭和39年から4年間「 美空ひばり 」の専属バンドとしても活動した。   原はバンドリーダーだけでなく、美空ひばりを始めとする多くの歌手に、作曲家としても楽曲の提供を行っている。   昭和42年には日本のジャズバンドで(コンボを含む)初めて米ニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演。   その実力から「 カウント・ベイシー 」を始め、北村英治、前田憲男ら多くの有名ジャズマンたちと競演する。
平成13年4月8日、シャープスアンドフラッツ結成50周年リサイタルを、東京・渋谷にあるオーチャードホールで開催。     平成20年、原は自身が81歳の高齢となったこともあり、シャープスアンドフラッツ結成57周年を機に、音楽界の第一線を退くことを明らかにし、同年秋からシャープスアンドフラッツファイナル・コンサートツアーを行い、平成22年2月11日のアクトシティ浜松大ホールでのコンサートを最後に栄光の歴史にピリオドを打った。#&♭の歴史はそのまま戦後日本ジャズ・軽音楽の歴史と言っても 過言ではありません。     以上が 「 原信夫とシャープス&フラッツ 」の歴史ですが、平成21年 神奈川県民ホールでも「 ファイナル コンサート 」
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が開催され、NHKで 放送され、録画しましたが、その後 保管したままでしたが、音楽関連の 録画していた物を整理していたら 見つかりましたので 久し振りに「 聴きました 」
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録画は BS2と 出ていましたので まだ BSがアナログ放送の時のものですが。   いゃ~ 良かったです。

演奏された 曲目は 以下の通りです。
・A列車で行こう
・BLUES ON PARADE
・箱根八里( 山本 邦山 )
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・真っ赤な太陽( 作曲 原信夫 )
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・SOMEONE TO WATCH OVER ME( 阿川 泰子 )
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・MOANIN( 日野 皓正 )
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・CUMANA( 前田 憲男 )
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・IN A SENTIMENTAL MOOD( 寺井 尚子 )
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・MEMORIES OF YOU( 北村 英治 ) この曲は
 「 ベニー・グッドマン 」の演奏で有名です。  映画
 「 ベニー・グッドマン物語 」の「 愛のテーマ 」として演奏されて
 いましたが、元は 1930年 黒人レビュー「 ブラック・バンズ 」
 の為に書かれた曲です。
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・TOKYO DATING( 渡辺 貞夫 )
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・リンゴの木の下で
 1905年に出版された「 ヴォード ビル 」の歌手達が歌い
  大ヒットしました。  日本では「 ディック ミネ 」が歌っていまし
 たね。
・SING SING SING
 トランペット奏者「 ルイ・プリマ 」によって書かれた曲で、「 ベニー・
 グッドマン楽団 」が「 カーネギー・ホール 」で演奏して 人気を博
 した スィングの代表曲の一つです。

その時の
最初の曲「 A列車で行こう 」 と
最後の曲「 SING SING SING
が「 YOU TUBE 」に有りましたので、リンクしておきました。
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「 山ちゃん 」的には「 山本 邦山 」の「 箱根八里 」が良かったです。

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