歌舞伎座「 芸術祭十月大歌舞伎 」昼の部に行って来ました。

歌舞伎座「 芸術祭十月大歌舞伎 」昼の部に行って来ました。
画像
画像
画像
画像
今月は、二世 尾上松緑 二十七回忌追善狂言 です。
画像
二世 尾上松緑は、七世松本幸四郎の三男として生まれ、六代目菊五郎のもとに預けられてその技芸を継承すると共に、後年には新たな工夫を加えるなどして時代物や世話物、舞踊に十八番物と、多くの当り役をもった昭和の名優です。   昼の部の演目は「 音羽嶽だんまり 」、歌舞伎十八番の「 矢の根 」、「 一條大蔵譚 」、最後は「 人情噺文七元結 」です。   天気も良し、又「 一条大蔵譚 」では一條大蔵卿役に「 片岡仁左衛門 」が出ることから、「 山ちゃん 」の周りは 関西から来られた「 ファン 」の方々の和服姿で 埋まっていました。   地元に住んでいると 片道 500円程度の交通費で事足りますが、関西から来られた方は 新幹線代 + ホテル代 等を考えると 相当な金額になりますが、それにも増して「 仁左衛門 」の演技を見たいのでしょう。   何時になく「 大向こうからの かけ声 」が華やかで、和服姿、外人の方々の姿も目立ちました。   歌舞伎座 正面 左手に「 一幕立ち見席 」の売り場 が有りますが、長蛇の列でした。
画像
勿論 歌舞伎座 地下の「 木挽町広場 」も大勢の人です。
画像
今回は 席が 前の方。   舞台も良く見えますが、黒御簾の音、大薩摩等「 とちり席 」に近いと 迫力があります。

【 音羽嶽だんまり( おとわがたけだんまり )】   「 だんまり 」とは、徒然日記中「 大薩摩 と だんまり 」をリンクしましたので ご一読下さい。   俳優は 音羽夜叉五郎( 尾上松也 )、鬼童丸( 尾上右近 )、保昌娘小式部( 中村児太郎:福助の長男 )将軍太郎良門( 河原崎権十郎 )・あらすじ 音羽嶽の山中にある神社に供えられた名刀と白旗。   奉納の舞が始まる中、盗賊の音羽夜叉五郎がその品を奪い取ろうとします。    闇の中で、その品をめぐり夜叉五郎や将軍太郎良門たちの探り合いが始まります。
画像
・見どころ 歌舞伎の様式美があふれる「 だんまり 」のところです。   声も出ず、パントマイムは見ていて楽しいです。
画像


【 矢の根 】   二世尾上松緑二十七回忌追善狂言です。  「 歌舞伎十八番の内の一つ 」で、曽我五郎( 尾上松緑 )大薩摩主膳太夫( 板東彦三郎 )、馬士畑右衛門( 河原崎権十郎 )、曽我十郎( 坂田藤十郎 )等が出演していました。   「 矢の根 」というのは、「 鏃( やじり )」のことです。   「 矢尻 」といいますが、実際には矢の先端のことです。   「 本名題 : 扇恵方曽我( すえひろえほうそが )」。  享保14年( 1729年 )、江戸中村座で初演。  曽我狂言の一つで、「 二代目 市川團十郎 」が初演し、その後歌舞伎十八番に加えられた。   大当たりしたので座元は蔵を建て、その蔵を「 矢の根蔵 」と呼ばれたとの逸話があります。   主人公が敵を倒すべく、砥石で矢の根をゴリゴリと研ぐ場面が勇壮でかっこいいので、このタイトルが付けられています。
・あらすじ  場所は「 相模国曽我村古井の庄 」、向こうに富士山のみえる館で「 曽我五郎 」は矢じりを研いている。
画像
画像
ここで、五郎の有名な台詞「 虎と見て 石に田作り かきなます 矢立に 酢ゴボウ にこごり 大根 」と。   そこへ大薩摩文太夫が神姿で年始の挨拶に来る。  年玉にと「 末廣( 扇子 )」 と「 宝船の絵 」を置いて帰る。   五郎は、宿敵「 工藤祐経 」の首を引っこ抜く夢でも見ようかと、枕にした「 砥石 」の下に宝船の絵を敷いて寝るのです。
画像
ここで、「 やっとことっちゃあ うんとこな 」と掛け声をかけます。   江戸荒事の定番の力強い掛け声です。   意味は、「どっこいしょ」です。   すると。忽然と、兄の「 曽我十郎 」の姿が現れて
画像
祐経の館に虜となってしまった。「 籠中の鳥網裏の魚… 」急ぎ来て危難を救ってくれと言う。  五郎はむっくりと起きるが兄の姿は無い。  「 東は奥州外が浜、西は鎮西鬼界ケ島、南は紀の路熊野浦、北は越後の荒海まで 」、千里も行け万里も飛べと勇み立つ。   おりから馬士の「 畑右衛門 」が大根を乗せた馬をひいてくる。
画像
五郎は見るなり、その馬をかせという、馬士は狼籍だと止めるが
画像
裸馬に乗り、大根を鞭にして十郎救出のために工藤館に走っていくのです。
画像
画像
・見どころ  曽我村という設定だが、見物の感覚では江戸である。   炬燵櫓、大きな矢、年玉の宝船の絵、大根。  こうした小道具が都会の風物とローカル色をうまく融和させて、正月気分を横溢させている。   全体に洒落っ気があり、おおらかさに満ちている。   五郎は二本隈車髪( 横に棒が張り出したような箋 )、胸当ての上にどてらのような厚い衣裳という典型的な荒事のこしらえで、単純な筋立てを様式美豊かにみせる一幕。  馬に跨がる前に「 五郎 」は衣装換えをします。  大きな「 ロープ 」の様な物を「 たすき掛け 」にするのです。
画像
画像
この時の「 後見 」の人の 着せる技と、その間 奏でられる大薩摩の「 三味線 」とのタイミング。
画像
画像
終わった後は 大拍手でした。   最後「 馬 」が出て来ますが、山ちゃんの後ろにいた「 外人さんご夫婦 」大興奮でした。   五郎の兄役に「 坂田藤十郎 」が出ていましたが、元々 声が小さい上に お年を召していますので 聞き取りづらいですね。   夜の部がメインですから たかだか 2~3分の出演でした。

【 一条大蔵譚( いちじょうおおくらものがたり )】
以前「 山ちゃんの徒然日記 」にて「 3月 新橋演舞場 夜の部 」と「 鳳凰祭四月大歌舞伎 夜の部 」で 詳細を書きましたので、お読み下さい。
画像
画像
今回は。一條大蔵長成( 片岡仁左衛門 )、お京( 片岡孝太郎 )、吉岡鬼次郎( 尾上菊之助 )、常盤御前( 中村時蔵 )が出ています。   今回 舞台で3回、歌舞伎の放送で3回 見たことになります。   この回数だけ観劇すると「 一条大蔵卿 」役の俳優の個性が各々出ているのが 判ります。   片岡仁左衛門は 上品過ぎた演技でした。  阿呆役の場面と正気の場面 もっとメリハリが有っても良いのでは? と感じましたが。  椅子に座って 落ちる場面も 迫力なしでした。   ただ 喜んでいたのは「 関西 」から来られた 叔母様方でしたが。   山ちゃん的には「 勘三郎 、 勘九郎 」の演じたのが 一番良かったと思っています。

【 文七元結( ぶんしちもっとい )】   「 本名題 : 人情話文七元結 」   三遊亭円朝の「 人情噺 」を「 榎戸賢治 」が脚色した世話物です。    明治35年( 1902年 )、歌舞伎座にて初演。  尾張屋( 尾上菊五郎 )さんの得意とする演目ですね。  左官長兵衛( 尾上菊五郎 )、女房お兼( 中村時蔵 )、鳶頭伊兵衛( 尾上松緑 )、和泉屋手代文七( 中村梅枝 )、娘お久( 尾上右近 )、和泉屋清兵衛( 市川左團次 )、角海老女将お駒( 板東玉三郎 )が出ています。   玉三郎は「 夜の部 壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)の阿古屋( あこや)」がメインですから、約10分程度のちょい役でした。
・あらすじ   長兵衛は本所割下水に住む左官職人。   腕は良いが、無類の酒好き、博打好きで仕事に身が入らない。
画像
その為に借金が膨らみ年を越せそうもない。
画像
そんな時、娘のお久が行方不明となった。   家出したお久は吉原の角海老にいるという。   親の貧乏をみかねたお久は、身を売って金を借りようとしたのだ。
画像
角海老の女将から娘の孝心を聞かされた長兵衛は、さすがに目が覚めた。
画像
一年後には迎えにくるからと、女将から50両を借りて帰る。
画像
その帰途、長兵衛は河岸で身を投げようとしている若者を助ける。    聞くと、店のお金50両を盗られたので申し訳に死ぬのだという。   長兵衛が持っている金も50両。   娘が身を売った金だ。   しかし身寄りもなく、死ぬしかないという若者を見殺しにはできない。   心のなかで娘に詫びた長兵衛は、金を若者に与えて帰った。
画像
画像
そして 家に帰ると 案の定 大喧嘩となる。
画像
その大喧嘩している所へ、先程の若者が店の主人に伴われてやってきた。
画像
若者は和泉屋の手代文七。  50両は、得意先へ忘れてきたのだという。
画像
長兵衛の侠気とお久の孝心に感心した和泉屋の主人は、文七とお久を夫婦にし、店をもたせたいという。
画像
画像
画像
画像
文七は店を持つなら「 元結屋( もっといや )」を開きたいと願って許される。
画像
画像

・見どころ  長兵衛の住家では、江戸っ子夫婦の威勢の良いやりとりが面白い。   角海老で、女将がこんこんと長兵衛をさとす長台詞は、余程の技量が無いと説得力に欠ける。   一方の長兵衛は、かしこまったり泣いたりを、おかしみを交じえて演じる。   最大の見せ場は大川端での長兵衛。   金をやって文七を救おうと決心する迄の過程である。   迷いに迷う長兵衛の苦衷、江戸っ子の侠気と人情を演じて、見ごたえのある傑作と言っていい一場面だ。   又後半 和泉屋の主人、長屋の大家、長兵衛との 金を返す場面、二組を結婚させようとする大家のやり取りは、笑いがあって楽しい場面です。   江戸時代「 世話物 」は 菊五郎( 立役 )と時蔵( 女形 )のコンビの右に出る者はいないと思います。
・蘊蓄  元結とは「髷(まげ)」の根元を括るのに用いる物で、「 糸 ・ 紐 」もあるが、後に「 和紙 」を強く縒(よ)って作ったこよりの長いものが一般的になりました。  文七は原料の紙の名称とも、発案者の名前とも言われています。  文七元締結は 歌舞伎だけでは無く落語にも登場しています。
画像
画像


・参考資料 CS歌舞伎放送
      歌舞伎ハンドブック
      落語ハンドブック
      歌舞伎手帖
      ウィキペディア
      松竹 歌舞伎美人 等
・使っている画像は 当日のものではありません。  雰囲気を知って戴くために載せています。

この記事へのコメント