三越劇場 新派名作劇場 6月公演

日本橋三越の中にある「 三越劇場 」があります。  新派の六月公演が6月4日から26日迄の期間公演されており、友達と観に行ってきました。
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今回は「 樋口一葉 」原作の「 十三夜 」と、「 村松梢風 」原作の「 残菊物語 」です。

【 十三夜 あらすじ 】  十三夜の晩、秦任官原田勇の妻お関( 波乃久里子 )は、突然実家の斎藤家を訪れる。  喜んで迎えた両親も、いつまでも帰ろうとしないお関をいぶかしく思う。  そんな両親に向かってお関は子供が生れてからの夫の精神的虐待ぶりを訴え、七年間我慢を重ねたあげくの離婚の決意を涙ながらに語る。  しかし、父は静かにお関をさとし、同じ泣くのなら原田の妻、太郎の母として泣けと説得する。   母性という弱点を指摘されたお関は父のことばに従い、死んだ気で生きようと決意する。  帰り道、乗った車を引いていた男が幼馴染で初恋の人高坂録之助であることに気づいたお関は、彼からその転落の軌跡を聞き出す。   録之助はお関の嫁入り後、放蕩にあけくれ、家財を失い、妻子とも別れ、虚無的な生活を送っているのである。  お関は人間関係における存在を感じるとともに、原田の妻であり太郎の母である己の生の方向をしっかりと見定める。   二人は淡々と別れるが、そうした憂き世を十三夜の月が静かに照らし出しているのであった。   友達は「 樋口文学 」のファンで、最後の2行に 「 樋口文学 」が凝縮していると語ってくれました。  代名しか知らない「 山ちゃん 」は、あっけない終わりに、その理由が分かった気がしましたが。

【 残菊物語 あらすじ 】  尾上菊之助( 市川春猿 )は養子ながら歌舞伎の名門、五代目菊五郎の後継者として苦労なく育ったが、人気に酔っていた。  この思い上った菊之助の芸を真実こもった言葉でたしなめたのは寺島家(菊五郎の本姓)に雇われて来た弟幸三の若い乳母お徳( 水谷八重子 )であった。  菊之助はお徳の偽りない言葉に感激、芝居にも身を入れるようになったが同時に二人の間には恋心が茅ばえた。   だが明治の封建的な気風の中に、菊五郎夫妻はお徳を解雇した。激昂した菊之助はお徳の行方を突止め二人は結ばれたが、菊之助は勘当され寺島家から姿を消した。   彼はお徳の実家を訪れたがお徳と逢えず、一人空しく大阪劇壇の大御所、尾上多見蔵を頼り旅立った。そして一年--名を松幸と改めた菊之助は芸道に励んだが評判は更に悪かった。そのころ彼の不評を聞いて大阪朝日座に現われたのがお徳だった。   路次裏の二階借りながら二人は晴れて夫婦となり漸く光明を見出したかに見えたがその矢先、頼る多見蔵に死なれ地方廻りの小劇団に身を落さねばならなかった。長旅にお徳は胸を病み、苦難の日が続いた。   菊之助の将来を案じたお徳は菊之助の親友福助に菊之助の復帰を懇願、菊之助は勇躍、桧舞台に立ったが、その陰にはお徳が身を退くという犠牲が払われていた。月日が流れ菊五郎一行に加わり芸名上った菊之助の大阪初下りの日、お徳は重病の床に臥していた。その夜、晴れの菊之助に一目逢いたいというお徳の切な願いが叶えられ菊之助は舞台姿のまま死期迫るお徳の枕許に駈けつけた。大切な初日の舞台のこととて、菊之助は角座へ再び帰り菊五郎と親子獅子を華やかに踊ったが、その姿は臨終のお徳の脳裡にもありありと浮んでいた。

新派を代表する「 水谷八重子 」と「 波乃久里子 」。   二人とも貫禄ですね。   明治時代の「 男女の恋愛模様 」を見事に演じていました。

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