江戸東京博物館【 其の七 : 徳川家康の書状 その他 】

今回で 江戸東京博物館の紹介は終わります。  まだまだ 多くの面白い物があるのですが・・・・・・。

■ 籠  説明を書き写すのを忘れました。 詳細不明です。
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■ 徳川家康の書状  戦国時代、東海の大名であった「 徳川家康 」は、関東地方の大名である「 北条氏 」と様々な交渉を行いました。  天正10年( 1582年 )の甲斐国若神子での対陣後、同盟関係を結びました。  本状はその直後の書状ですが、宛先は切除されていますが「 北条一族 」の伊豆韮山( にらやま )城主 北条氏規( うじのり )と推測されています。
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■ 梨子地一文字三つ星紋蒔絵矢籠( なしじいちもんじみつぼしもんまきえしこ )   矢籠( しこ )とは、矢を携帯するための武具です。  梨子地に塗られた上に毛利家の家紋の 一文字三つ星紋 が蒔絵されています。
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■ 徳川家康坐像
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■ 徳川慶喜上書  慶應4年( 1868年 )3月 鳥羽伏見の戦いの後、江戸に戻った「 15代将軍徳川慶喜 」は上野で謹慎します。  その折りに作成した文書の草案です。
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■ 江戸指物( さしもの )   指物とは、板材を組み合わせて作る木工のことです。  古くから技術が発展していますが、顕著に発展したのは江戸時代です。  家具製品が中心で、箪笥・机・椅子・茶棚等の大物と、硯箱・煙草盆等の小物等があります。  超高級品から一般の物まで その巾は広いです。  指物に携わる職人は「 指物師 」とか「 指物屋 」と呼ばれ、居職( いしょく )が基本となっています。  細かな工程とと正確で緻密な作業を要し、道具も鑿( のみ )、錐( きり )、鉋( かんな )を中心に様々です。  指物は各地でも発展しましたが、江戸指物は簡素な中に堅牢な作りを特徴としており、その伝統は今でも 引き継がれています。
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■ 江戸の出版物  「 東海道名所図絵 」に描かれた「 和泉屋市兵衛の店( 甘泉堂 )」を基に、江戸の「 絵双紙屋 」の店先が復元されています。  和泉屋市兵衛が店を構えていた「 芝神明前三島町( 現在の 港区芝大門 一丁目付近 )」は、東海道の脇にあたり、「 地本問屋 」が集中する地域の一つです。  出店時期は不明。  天明期には「 黄表紙( 絵入り娯楽本 )」の出版を手掛け、18世紀末の寛政期には、歌川豊國 などの錦絵を出版しました。  「 和泉屋市兵衛 」は地本屋 であると共に、書物問屋でもあり、絵草紙や錦絵の他に、地図や往来物も扱っていました。
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              本を印刷する時の原版です。
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■ 見立て番付 AKB64のランク付でも有る様に、江戸庶民は 今と同じく ランク付が好きでした。  基は、寛永年間( 1624~1644年 )に出された「 相撲番付 」だと言われています。  江戸時代の番付には現在の最高位である「 横綱 」が載っておりません!  というのも、横綱という地位は、大関の中で特別に強くて横綱( 腰に締める綱 )を付けられる人のことを横綱と呼んでいたからです。  撲番付が原型になった見立て番付は、八代将軍吉宗の時代の享保年間( 1716~1736年)に沢山出版されました。  相撲番付の見た目になぞらえて作られ、世間の興味のあることは殆どランキングされました。  グルメ、観光、おしゃれ、等 内容は現代と変わりません。  その中でも面白いランキングは「 下女の困った行動 」ランキングや「 いい女房 」ランキングなどです。  何を基準にランキングしたのか判りませんが、みんな、あるある!とか、うちの女房は、この番付で比べたら良い女房だな!とか楽しんでいたのでしょうね。
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■ 出産  江戸時代の出産は、一般的に「 座産 」で、散布は天井からつり下げた綱や介添人を支えにして子供を産んでいました。  生まれた子供には「 産湯 」を使わせるが、この時「 産婆 」はタライの前に腰を掛け、赤子をうつ伏せにして両脚を乗せ「 沐浴 」をさせました。  これは「 臍の緒 」の切り口に 湯が掛かるのを防ぐ為と、背中には「 五臓 」を宿す大切なところで有るため、眼を離してはいけないという中国の説による為だと言われています。  一方 産婦の方も、頭に血が上らない様にとの俗説から、産後も産椅( さんい )や積み上げられた布団に寄りかかり、座ったまま七日七夜を過ごさなければならなかったのです。
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■ 江戸の水上施設  ローマも同じですが、江戸も 飲料水を 以如何に確保するかは、大都市の大きな課題でした。  江戸では「 地下水を汲み上げる 」ことよりも、自然の高低差を利用して上水が発達し、地中を通ってくまなく供給されました。  発掘調査で 上水の遺構がが明らかになりました。
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■ 出口の風景です。
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「 江戸東京博物館 」の紹介は 今日で終わりにしますが、紹介した内容は、全体の半分にも満たないものです。

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