江戸東京博物館 【 其の参 : 越後屋 と 千両箱 】

日本橋、中央通りは、江戸 商業の中心で、一日の商いは 3000両だったと言われています。  5階フロアには その商家の代表格で、現在の「 三越 」の前進である「 三井越後屋江戸本店( ほんだな )」の模型が 1/ 10 の縮尺で展示されています。  時代は19世紀前期の物です。
画像
画像
画像


日本橋を挟んだ南北の大通り沿いには大店が軒を連ねており、その様子は錦絵等に多数描かれています。  なかでも日本橋の北詰近くの呉服店「 三井越後屋 」は商家の代表格です。  三井越後屋の「 創始者 三井高利 」は、伊勢松坂の出身で、1673年( 延宝元年 )京都に呉服の仕入店( しいれだな )を設け、江戸に販売の店を開きました。  江戸本店は当初本町二丁目に置かれ、呉服の販売方法と「 店先売り( たなまえうり ) 」や「 現銀掛値無し( げんぎんかけねなし )」の新商法が当たり繁盛しましたが、同業他社の反感を買って、1683年( 天和3年 )駿河町に移転しました。  その後、高利は、金融業にも手を広げ、江戸、大坂、京都で両替商を営み、やがて幕府の公金を扱う御為替御用をも勤めました。  本町に店を構えた時点では10数人だった奉公人も、江戸時代中ごろには500人を超えるまでになり、越後屋は江戸を代表する商家となりました。

本模型はこの駿河町の越後屋の北店の一部を再現したもので、「 天保三辰年本普請絵図面( 1832年、三井文庫所蔵 )」を中心に、復元されました。  復元場所は北店の内、「 南北約9間( 約16.2m )」、「 東西約16間( 約28.8m )」の「 店 」部分と、その北裏手に並ぶ2つの土蔵で、敷地全体の 1 / 55となっています。
画像
画像
画像
画像
画像
店の内外には通行人も含め約80体にも及ぶ人形が置かれ、当時の店先売りの様子を再現し、江戸随一の呉服店がどのような販売方法を採っていたのかが判る様になっています。
画像
画像
画像
画像
画像
画像
画像


又 近くには、実際の千両箱の重さを体験出来る「 模型 」や、当時の「 千両箱 」も展示されています。
画像
画像
実際の千両箱
画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 3

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

この記事へのコメント