山ちゃんの徒然日記

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zoom RSS 井の頭恩賜公園 と 吉祥寺【 其の壱( 上水の源と弁天堂)】

<<   作成日時 : 2018/07/09 05:00   >>

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今日から「 住みたい街ランキング 」で 常に上位にランクされている「 吉祥寺 」の歴史 と「 井の頭恩賜公園[( 以下 井の頭公園 )」に就いてシリーズで書きます。  今日は「 其の壱 」です。
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何時もの通り、散策したコースを地図の上に「 緑色 」で書き込みました。
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皇室の所有地だったのを「 大正2年( 1913 )」、当時の東京市に譲られ、大正6年に 日本で初めての恩賜公園として開園されました。  写真は 開園当時の「 井の頭池 」で、二枚目は 現在の池です。
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何はともあれ 吉祥寺迄出掛けることにしました。  横浜からは 東横線で渋谷に出て、井の頭線に乗り換え 吉祥寺 へ行くのが約1時間程度の最短コースです。  渋谷駅周辺は現在「 100年に1度 」といわれる大掛かりな再開発が進行し、大半の工事は 東京五輪・パラリンピック が開催される2020年迄に終了する予定で、渋谷の街は現在目まぐるしく変化をしています。  東急東横線と東京メトロ副都心線は 平成25年( 2013 )3月16日に相互直通運転が開始され、東急東横線の渋谷駅は 地下の5階に移りました。  JR山手線、井の頭線( 両駅共 ) 地上2階に、銀座線 地上3階 に位置したことで、お互い離れたことで乗り換えるのが大変不便となり、余程のことが無い限り 渋谷に出掛ける事はほぼ無くなりました。  今回は仕方無く えっちらおっちら、地下の案内板を見ながらの乗り換えです。

吉祥寺駅に到着して、南口方面に出て 井の頭通りを渡り、丸井の西側( 三鷹方向 )を左折すると 遠くに「 こんもり繁った森( 井の頭公園 )」が見えます。
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数分歩くと井の頭公園の階段に辿り着きます。
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この階段( 段差 6m前後 )を下りると 目の前に 井の頭池 に架けられた 七井橋が見えます。
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下の写真は「 七井橋 」から 東方向と西方向を見た風景と、七井橋の全景です。
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この付近一帯は昔から「 武蔵野 」と呼ばれ、将軍家及び御三家の広大な鷹場がありました。  御三家の鷹場が交わる場所を「 三領の鷹場 」と呼び、そこから「 三鷹 」という地名が起こったのです。 

「 井の頭公園 」は、武蔵野市の南東から三鷹市の北東に掛けて広がる総面積は約43万uの都立公園です。  中心に「 井の頭池( 約43千u )」を擁しています。  「 井の頭池 」は北西−南東方向に延びる細長い形の池で、南東端からは「 井の頭池 」を源とする「 神田川( 上水 )」が流出しています。  一方西側には御殿山の雑木林が続き、「 東京都建設局 井の頭自然文化園( 水族館 と 動物園 )」があり 市民の憩いの場所となっています。  又 雑木林の南側には 神田上水 と同様、江戸時代に造られた「 玉川上水 」が東南方向に流れています。
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ここから「 井の頭公園 」と「 吉祥寺 」を江戸時代迄 遡ってみます。

【 弁天堂 と 湧き水 】
「 井の頭池 」の南西方向に「 弁天堂 」があります。  名所江戸百景シリーズ( 歌川広重 安政3年 刊 )の中に「 井の頭弁天の社 」や
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江戸名所図会にも 「 弁天堂 」を見る事が出来ます。
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最初の錦絵は、左手前の社が弁天堂で、橋を渡って詣でている様子が判ります。 その後方には水を湛えた井の頭池が描かれ、一説によると池には7つの涌き口があったといわれています。  又絵には5羽の白鷺が優雅に飛んでおり、遠景の山々は日光連山であろうと言われています。

地図で見ると、南西方向に「 弁天堂 」があり、「 弁財天 」が祀られています。  「 弁財天 」は元々インドのヒンドゥー教の神様サラスヴァティーで「 水の神様 」とされている他に、農業や穀物の神様である宇賀神と習合して、「 五穀豊穣の神様 」としても崇められています。
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更に財宝を授ける神様であるため、本堂の裏手に龍の形をした「 銭洗い弁天 」があります。  こちらでお金を洗うと、きっと財産が増えるご利益があるのでしょう。
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この「 弁天堂 」は源氏の祖である「 源経基 」が、伝教大師の作である「 弁財天女像 」をこの地に安置したのが始まりで、その後「 源頼朝 」がお堂を建立し、当時の武将が戦勝祈願に訪れたことなどから、「 勝ち運の銭洗い弁天 」としても信仰されてきました。  その後鎌倉時代に一度は焼失しますが、江戸時代 この地に鷹狩を行いに来た「 三代将軍 徳川家光 」が、弁財天の宮社を再建しました。

開府間もない「 徳川家康の時代 」、江戸の上水道の整備に伴い、この池が水源として選ばれました。  水が湧き出ている近くに家康がお茶をたてたと言う「 お茶の水 」と言う場所もありました。  都内神田にも「 御茶ノ水 」がありますが、此方は 第二代将軍「 徳川 秀忠 」の時代に、水害防止用の神田川放水路と江戸城の外堀を兼ねて東西方向に掘割が作られ、現在のような渓谷風の地形が形成されました。  同じ頃、その北側にあった高林寺から泉が出て、この水を将軍のお茶用の水として献上したことから、この地が御茶ノ水と呼ばれるようになったといわれています。
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近くの噴水は見ているだけで 涼しさを感じさせてくれます。
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この付近一帯の「 井の頭 」と言う地名は、この池の湧き水が名水で、が江戸の飲料水の源( 井戸の水の頭 )であることから、家光が訪れた際に「 井の頭 」と命名したそうです。  江戸の人達がわざわざ歩いて、この「 弁財天 」を詣でたのは 暮らしの支えである湧き水が出る 神聖で有り難い場所だったからなので、池その物が信仰の対象となっていました。  その後大正12年( 1923 )には堂舎が関東大震災で被害を受けてしまい、現在の堂舎は昭和初期に再建されたものです。

「 弁天堂 」から「 弁天橋 」を望みます。
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以上から 今は 観光地で、都民の憩いの場となっている「 井の頭公園 」ですが、江戸に 飲み水を 供給する 大事な池があったのです。

今日は ここ迄で 明日は 其の弐 として、江戸に供給していた「 神田上水 」に就いて書きます。

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