山ちゃんの徒然日記

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zoom RSS 井の頭恩賜公園 と 吉祥寺【 其の参(園内その他)】

<<   作成日時 : 2018/07/11 05:00   >>

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「 其の壱 」と「 其の弐 」で、井の頭池が、江戸時代に 上水の供給源として重要な役を果たしていることを書きました。  今日は 井の頭池を周辺の景色を紹介します。
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訪れた日は 最初曇り空だったのですが、段々と青空が出始め、今年最初の「 蝉の鳴き声 」を聞くことが出来ました。

【 白鳥の足漕ぎボート 】
平日だったので、ボート置き場には多くのボートが繫留され、係の人も暇だったらしく、乗りませんかと!  いえいえ と手を振ってお断りしました。  古希を過ぎた爺さんが一人で乗ってどうするんじゃい!  池の縁を歩いていると 2隻だけ 乗っておられる家族の方を見掛けました。  「 かっちゃん 」の話によると ボートのペダルは 前進のみで、向きを変えるのにハンドルが付いているらしいです。  昔々の事 中学校の修学旅行で「 白樺湖 」でボートに乗ったのが思い出されます。
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【 鴨 】
池の縁に「 鴨 」が一休みしていました。  人間様が近付いても素知らぬふりをしています。
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【 野口雨情の碑 と 童心居 】
「 井の頭池 」の西北方向に建てられています。   野口雨情は明治15年( 1882 )茨城県の北茨城市に生まれ、大正13年( 1924 )から武蔵野市に住んでいました。 「 十五夜お月さん 」や「 七つの子 」「 赤い靴 」「 青い眼の人形 」などの童謡詩の作者として知られ、北原白秋、西條八十と共に童謡界の三大詩人と言われました。  この碑は、昭和27年( 1952 )に「 東京雨情會 」が建立したもので「 啼いてさわいで 日の昏れ頃は 葦に行々子( よしきり ) はなりやせぬ 」と「 井の頭音頭 」の一節が刻まれています。
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又、雨情の書斎だった「 童心居 」が移築されています。  入り口の説明に 以下の事が書かれていました。

童心居は、童謡詩人として名声を博した野口雨情の旧書斎を移築し、その後の改築を経て一般に公開しているものです。  雨情は、1882年北茨城市で生まれ、童謡「赤い靴」や創作民謡「波浮の港」などの作詩で広く世に知られた。  1924年吉祥寺に居を定め、書斎を「童心居」と称した。  1945年の雨情没後、建物は大島秀一氏の手に渡ったが、その後、雨情会に寄贈され、さらに1958年8月東京都に寄付されて、翌年11月1日武蔵野の面影深いこの地に移築された。
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【 かき氷 】
冒頭書きましたが、急に暑くなり 一休みのため、噴水近くの「 茶店 」で一休み。  この店は「 井泉亭 」と言い、江戸時代からあったお茶屋で、三鷹に住んでいた太宰治も訪ねています。
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暑かったでしょう と、店の方から戴いた 氷水が美味しく 立て続けに2杯 飲み干しました。  その後の「 練乳のかき氷 」が何と美味しかったことか!
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【 ザリガニ獲り 】
外来種である「 アメリカザリガニ 」等が繁殖して水質が悪化してしまいました。  より魅力のある「 井の頭池 」にするべく「 アメリカザリガニ の捕獲 」や「 外来魚 」を中心に、公園緑地事務所の方や、地域の人達で行われています。  2014年1月 井の頭池 の水を全て抜き、外来生物の駆除が2年毎に行われ、こりにより 本来の水草( イノカシラフラスコモ )が60年振りに増え始め水の浄化が進んでいるそうです。
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【 その他 】
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明日は「 東京都井の頭自然文化園 」に就いてです。

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