山ちゃんの徒然日記

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zoom RSS 有朋自遠方来、不亦楽乎 旅游和食品【 日光山輪王寺、日光東照宮、日光二荒山神社-2 】

<<   作成日時 : 2018/06/21 06:04   >>

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今日から「 日光東照宮 」に就いて書きます。  まずは「 石鳥居 」からスタートです。
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【 日光東照宮 石鳥居( 一ノ鳥居 )、重要文化財 】
参道に戻り「 石鳥居 」に向かって歩きます。
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東照宮は 正面の10段の石段からその上にそびえる、花崗岩の石鳥居より始まります。
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この日本で最大の石鳥居は、元和4年( 1618 )に、福岡藩の「 初代藩主 黒田長政 」が奉納したもので、福岡藩領内( 現在の福岡県糸島市にある可也山 )から海路・水路・陸路を使って石を運ばれました。
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積み上げて造られた鳥居は神域の入口に相応しく 高さ9.2m、幅13.2m、柱の直径が1mあり 15個の石材で造られています。  重量配分を考慮し、笠木と島木の中を空洞化するなど地震対策も施されていて鎌倉八幡宮、京都八坂神社の鳥居と並んで「 日本三大石鳥居 」と呼ばれています。  掲げられている「 東照大権現 」の勅額は「 後水尾天皇 」の直筆といわれ畳一畳分あります。  石段は上に行く程 巾が狭くなっています。  一段の高さを低くして遠近法を取り入れて鳥居を高く 遠く 尚且つ 雄大に見せています。    石段を実測すると巾で1m程( 手前で 7.5m、奥で 6.5m )、奥行きで15cm程石段が小さく施工されています。
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【 昼食は湯葉料理 】
この東照宮の辺りは 食事処が 少ないので、昼前でしたが 食堂に入って 日光名産の「 湯葉定食 」を戴きました。  但し「 山ちゃん 」は「 湯葉 」が苦手なので他の料理を戴きました。
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【 日光東照宮 五重塔( 重要文化財 )】
石鳥居を潜った 左手にあります。  最初の五重塔は、慶安3年( 1650 )に「 初代若狭小浜藩主 酒井忠勝 」が寄進しましたが、文化12年( 1815 )落雷の為に焼失。  その後、文政元年( 1818 )に「 十代藩主 酒井忠進 」が再建したのが現在の五重塔です。  高さは36mで、日本で6番目に高い塔だといわれています。  極彩色の日本一華麗な五重塔で、初層軒下には十二支の彫刻があり、初層内部にも漆塗り・彩色・漆箔がきらびやかに施されています。  塔を貫く心柱は事例の少ない懸垂式で、礎石には据えられず、四重から吊り下げられ浮いています。  これは、時を経て重みで塔身が縮んだ際にも、心柱が五重の屋根を突き抜けてしまわない様江戸時代に考え出された工法です。  こうした工法が可能であったのは、五重塔の心柱が構造上塔身から独立して、先端の相輪だけを支えているためですが、一方で、そのように塔身と分離した心柱は、免震の機能を果たすとも考えられてきました。  この五重塔の免震機能はスカイツリーの制振システムにも応用されたと言われています。
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【 日光東照宮 表門( 重要文化財 )】
元和3年( 1636 )徳川家光による東照宮大造替の時に造営されました。  本柱4本とは別に前に4本、後4本、合計で8本の柱があることから「 八脚門 」と言う種類の門です。
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石鳥居が「 第1の門 」に対し、表門は「 第2の門 」と言えます。  明治4年( 1987 )の「 神仏分離令 」により、仁王像( 阿吽像、高さ 約4m )は第三代将軍 徳川家光公の墓所である 日光山輪王寺の「 大猷院( たいゆういん )」に遷されたのですが、明治30年( 1897 )に現在の表門へ戻りました。
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「 仁王像 」の反対側に「 唐獅子 」を見る事が出来ます。
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門の垂木の下の出組の間には蟇股( かえるまた )が見え、その内側には東照宮を守護する霊獣の「 虎 」や「 麒麟 」、「 龍の彫刻 」が見られます。  戸口上部には「 獏( ばく )の木鼻 」と、主柱の上に設けられた「 牡丹の彫刻 」が見られます。  獏は「 鼻はゾウ 」、「 目はサイ 」、「 胴体はクマ 」、「 尾はウシ 」、「 脚はトラ 」で、古来「 悪夢を食べる 」と言った「 邪気を祓い、邪気を食べる聖獣 」とされています。  又 日光東照宮に花の彫刻が多く「 花が咲き乱れる永遠の春の到来 」をイメージし、長い戦乱の世が終わりを告げ、徳川幕府の統治が永く続くことを祈っているとされています。

【 石畳 】
「 表門 」から「 陽明門 」へ 石畳が敷き詰められていますが、よく見ると 進行方向に対して「 菱形 」になっています。  これは 参拝するための道しるべ( 矢印 )となっています。  陽明門迄2回90度に曲がっています。
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【 三神庫( 上神庫( かみじんこ )、中神庫( なかじんこ )、下神庫( しもじんこ ) 重要文化財 】
表門を背にして右から「 下神庫 」、中央に「 中神庫 」、その左に「 上神庫 」が配置されています。
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「 上神庫 」には、御神宝( ごしんぽう )と呼ばれる神様へ供進( きょうしん、お供え )をするための宝物類が納められています。
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「 中神庫 」と「 下神庫 」は、日光東照宮の祭典や行事で使用する様々な道具が収納されています。
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代表的な祭典とし5月17日と18日に執り行われる「 例大祭・流鏑馬神事 」や10月17日に執り行われる「 神輿渡御祭 」があります。  これ等の祭典で使用する馬具や、1、200人余が着用する甲冑( 鎧、兜 等 )が収納されています。

「 三神庫 」は、「 校倉造( あぜくらづくり )」と呼ばれる様式( 木材を井桁状に積み上げて壁面を構築して行く建築様式の技法 )で造営されており、この技法を取り入れた代表的な建築として挙げられるのが奈良・東大寺「 正倉院 」です。  木材の性質を利用して内部の温度や湿度を一定に保つと言った利点を利用しています。

「 三神庫 」の中でも特に注目すべきは「 上神庫 」です。  上述の通り、収納されている物は他の2つと異なり「 神宝類 」となります。  屋根の下 側面部には「 2つの目を惹く象の彫刻 」が施されています。
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「 上神庫 」が建てられた時代にはまだ「 象 」は日本に来ておらず 日本人は目にした事がありません。  それ故「 想像の象 」と呼ばれています。  下絵を描いたのは 幕府のお抱え絵師「 狩野探幽 」で、下絵を描く段階で象を見たことが無かったので、「 頭の中でイメージした象 」を再現したということになります。  象の彫刻は、体毛で覆われ耳にピアスの様な金具が付けられており、尾が3本あったりと摩訶不思議な彫り物です。  当時はこの様な想像をしていたのでしょう。  因みに、この想像の象は「 三猿 」と後で紹介する「 眠り猫 」と並んで、日光東照宮の代表的な彫刻と言われています。

明日は「 神厩舎( しんきゅうしゃ ) と 三猿 」からスタートです。

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