山ちゃんの徒然日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 總持寺に行って来ました【 其の弐 】

<<   作成日時 : 2018/04/03 05:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 0

今日は「 桜木観音 」から「 向唐門 」迄をアップしました。
画像
画像

【 桜木観音 】
旧 国鉄時代、昭和26年( 1951 )4月、国鉄戦後五大事故 の一つ 横浜・桜木町で起きた電車事故で亡くなられた103人を供養する観音様です。
画像

【 三寶荒神 】
「 梅壽庵 」に向かって左手の階段を上ると 小高い丘陵に出ます。  ここには、三寶荒神、平成救世観音像、穴熊稲荷、梵鐘等が在り「 雙眸丘( ふたみがおか )」といいます。  本山の鎮守「 三寶荒神 」が祀られています。  總持寺の鎮護の神として、永久に仏・法・僧の三宝を守護する「 三寶大荒神 」として祀られたことに由来します。
画像
画像
画像
画像
画像

【 平成救世観音像 】
東日本大震災三回忌の時に「 雙眸丘 」から被災地の方に向かって建てられました。
画像
画像
画像

【 ラッド博士の碑 】
日本の心理学の草創期において活躍した米国人です。  明治時代伊藤博文の補佐をし、外国人として初めて「 旭日勲章 」を授かった人です。  總持寺との関係は調べましたが 良く判りませんでした。
画像
画像

【 自由党追遠碑 】
西園寺公望の篆額(てんがく  石碑などの上部に篆書体(漢字の書体の一種)で書かれた題字 ) です。  裏面に総裁故板垣退助、会長大江天也、幹事長斎藤珪次、建碑委員長杉田定一等の名が刻まれています。
画像

余談ですが「 山ちゃん 」の京都の菩提寺「 華台寺( けだいじ )」の正面 右手に、ご先祖の一人 第20代「 山田與四五朗賀慶( がけい、1850〜1910)」の頌徳碑がありますが、これも西園寺公望の篆額です。

【 大梵鐘 】
雙眸丘の奥に位置しています。  大正2年( 1913 )に、1万6千人程の願いや祈りを淨財にして鋳造され、関東一の大きさを誇ります。  鐘銘は4世・石川素童禅師によるもので、勧進元は後の9世・伊藤道海禅師です。  平成7年( 1995 )秋に横浜市指定文化財になりました。  この鐘は重さが18.75トンもあり、毎日休むことなく時を刻げています。  

訪れた時 雲水が鐘の下で修行をされていました。( 鐘を打つ前の用意? )  入山してまだ1年だと言われていました。  境内散策中に この梵鐘の音を聞きましたが素晴らしい音でした。  捜したら「 YOU TUBE 」にアップされていた方がおられたので リンクしておきましたのでお聞き下さい。
画像
画像
画像
画像
画像

【 穴熊稲荷 】
穴熊稲荷大明神が祀られています。  稲荷信仰は、仏教と習合して、人々の心のよりどころで、又 狐に跨がり剣と宝珠を持つ姿で五穀豊穣をもたらし、福の神として信仰されています。
画像
画像

【 鶴見事故慰霊碑 と 放光観音 】
「 雙眸丘 」を下りて 駐車場の右奥に、桜木町の事故と同じく、国鉄戦後五大事故 の一つ 昭和38年( 1963 ) 11月9日鶴見で起きた電車事故で亡くなられた161人の方々の供養碑です。
画像
画像

【 石原裕次郎の墓 】
先程の駐車場の 慰霊碑の右側に 階段があり、それを上って宝蔵館「 嫡々庵( 旧、宝物殿 )」の手前を左に曲り、なだらかな坂を進み 右手に曲がると墓地があります。  その一角に 「 石原裕次郎 」のお墓があります。  途中に 親しみを込めて「 裕ちゃんの墓処 」と書かれた 案内板があります。
画像

何しろ広大なお寺なので 茶店の方に聞きました。  「 石原裕次郎 」はご存知の通り、昭和の大スターで 昭和62年7月17日 午後4時26分に肝癌の為亡くなりました。  享年52歳の若さです。  戒名は「 陽光院天真寛裕大居士 」です。  石原家の墓は逗子の「 海宝院 」ですが、昭和33年( 1958 )の映画「 陽のあたる坂道 」が「 總持寺 」の近で撮影されました。  当時はその付近から海がよく見えたそうで、撮影の合間に訪れた「 總持寺 」が気に入り、「 自分の墓はここが良い 」と言い、それを覚えていたスタッフの方が、亡くなった際にその話を思い出して決まったそうです。  何時も生花が供えられ、線香が絶え無いそうです。
画像
画像

墓地の左手に奥様「 まき子さん 」の詩が刻まれた 石碑がありました。
画像

   美しきものにほほえみを
   淋しきものに優しさを
   たくましきものにさらに力を
   すべての友に思い出を
   愛するものに永遠を
   心の夢醒めることなく

【 宝蔵館「 嫡々庵( てきてきあん )」】
元来た道を引き返し、左手に有るのが、寶蔵館「 嫡々庵( 旧 宝物殿 )」です。  金色に輝く「 擬宝珠( ぎぼし )」を頂いているので直ぐに判ります。  開祖「 瑩山禅師 」650回大遠忌の記念に建立されました。  収蔵資料は「 絵画・彫刻・工芸・書跡・古文書 」と多岐にわたり、重要文化財5件・横浜市指定文化財5件、その他 宗教・美術・学術に関するものが数多く収納されています。  その中から約50点を常時展示し、約3か月に1度展示の取り替えが行われているそうです。
画像
画像

【 雲水群像 】
宝蔵館の前にあります。  昭和49年( 1974 )に建立されました。  禅の精神と情熱を傾倒されました。
画像
画像

これは 雲水群像から「 三宝閣 」方向を捉えた写真です。
画像

【 向唐門( むかいからもん )】
「 其の壱 」の歴史に就いて書いた通り、「 總持寺 」は、後醍醐天皇から「 日域無双の禅苑たるにより 曹洞出世の道場に補任す 」との綸旨を賜りました。  以降 歴代天皇より勅願寺として仰がれたので、「 勅使門 」の名が付けら、両扉には 菊の紋を見ることが出来ます。
画像

以下の写真は門の裏側にある 庭から撮った写真です。
画像
画像
画像
画像

明日「 其の参 」へと続きます。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 8
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス

リンク先

總持寺に行って来ました【 其の弐 】 山ちゃんの徒然日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる