山ちゃんの徒然日記

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zoom RSS 増上寺とその周辺散策【其の壱】

<<   作成日時 : 2018/04/16 05:00   >>

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以前、増上寺に就いて平成27年( 2015 )5月に 3回に分けて書きました。  内容は主に 現在の増上寺 を中心とした内容でした。

   芝 増上寺と徳川家霊廟【 其の壱 】
   芝 増上寺と徳川家霊廟【 其の弐 】
   芝 増上寺と徳川家霊廟【 其の参 】

今回は、上記ブログの内容と若干重複はしますが、それ以外の場所の散策( 戦前の増上寺 の南御霊屋地区 )、芝丸山古墳、大殿地下一階にある「 宝物展示室( 平成27年4月 開設 )」を中心に書きました。
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特に展示室には、かつて増上寺境内に造営されていた、台徳院( 徳川二代将軍秀忠公の 法名 )霊廟模型が 1 / 10 のスケールで展示され、又 狩野一信筆 五百羅漢図を始め多くの貴重な什物( じゅうもつ )を観ることが出来ます。

以前は 地下鉄 日比谷線 神谷町駅で下車、飯倉の交差点を左折し 東京タワーを見上げながら行きましたが、今回は JR 浜松町駅で下車、そのまま 大門( 旧総門 )のコースとしました。 ちょっと話は逸れますが、「 鬼門 」という言葉を耳にされたことがあると思いますが、江戸城からみて、鬼門は 寛永寺と神田明神 更に日光が それに該当しますが、裏鬼門にあたるのが「 増上寺 」で、ガッチリと江戸を守っているのです。
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今日から「 増上寺とその周辺散策 」として、何時もの通り「 シリーズ 」で アップします。  今日は「 其の壱 」です。

【 浜松町から大門 迄 】
浜松町で下車すると( ホーム 東京寄りが便利 )目の前に 東京のシンボル「 東京タワー 」が見えます。
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「 山ちゃん 」は、年のせいか「 東京スカイツリー 」より「 東京タワー 」の方が 哀愁があって好きです。  先達てのニュースによると 今年の3月に 大展望台( 上位展望台 )がリニューアルされたそうです。  真っ直ぐ 増上寺の方向に歩くと「 大門 」が見え始めますが、門の手前に幾つかのパネルがありました。  その一つを読むと「 増上寺の朱に塗られている総門は、俗に 大門と呼ばれ、江戸時代には 門の手前に橋が架かり下馬札 が立っていた 」と記されていました。
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他にも 幾つかのパネルを撮りましたので 一緒に載せておきました。
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【 大門( 港区指定有形文化財 )】
そして 見えてくるのが「 浄土宗大本山 増上寺 」という札の掛かった「 大門 」が見えます。
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この門は かつて 増上寺 の「 総門 」で、此所から先が「 増上寺 」の境内となっていました。  大門は、増上寺本堂、、三解脱門と共に、境内の軸線を形成する門で( 大門から三門 約108間。  三門を潜り潜ると108の煩悩から解脱 すると言われています )、初代の門は江戸時代に木造造りでした。  現存するこの門は、昭和12年( 1937 )に木造から 1.5倍の鉄骨鉄筋コンクリート造りで再建されたものです。  鉄骨鉄筋コンクリート造りを採用しつつも、先代の意匠を踏襲することが試みられた大規模な高麗門です。  反りを伴った切妻屋根、操形をもつ持送り、垂木、六葉なども木造さながらの表現となっています。  又、昭和50年代に実施された大門の塗り替えや、瓦の修理は地元有志の寄附によるものです。  一昨年3月東京都から増上寺に無償譲与( 現在 東京都の所有 )されたのを機に、11月から耐震補強・外観化粧直しの改修工事を進め昨年3月末竣工し、見事に壮麗な門が蘇りました。  同年4月5日、御忌唱導師が大門よりお練り行列が行われ、新装なった大門は、昨年5月港区の有形文化財に指定されました。
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朱色に塗られた「 大門 」を地元の方は 赤門 と呼び、本郷 東大にある「 赤門 」とは区別して誇りを持っています。

【 港区立芝公園 】
「 大門 」を過ぎると、目の前に 日比谷通りがあり、その先に重要文化財の「 三解脱門( 三門 )」と東京タワー が見えます。
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この手前に 日本で最も古い公園の一つの「 港区立芝公園 」があります。  明治6年の「 太政官布達 」によって、上野、浅草、深川、飛鳥山と共に芝の計5箇所が、日本で最初の公園として指定されました。( 内 飛鳥山 以外は 全て元 寺院の敷地でした )  当初は増上寺の境内を含む広い公園でしたが、戦後の政教分離によって境内の部分が除かれ、増上寺を囲む環状の公園になりました。
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その公園の中に増上寺とは直接関係が無いのですが、3箇所 見る所が有ります。  行き交う人は 大半気が付いていませんが。

・ 松原の復元
芝公園の内、増上寺 三解脱門に位置する辺りは古くから「 松原 」と呼ばれていました。  確かに 錦絵 にも「 三解脱門 」の前に松が描かれています。
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寛永17年( 1640 )増上寺20世大僧正南誉上人の時、幕命によって三門の左右に松を植え付けたことに始まるとも、青山家藩士の植樹で百年松原と称したことによるものとも伝えられています。  松はその後 戦災によって消失、或いは枯死し、主たる景観は楠木に変わりました。  その後、都は園地改修に辺り原形を残すと共に 上記に書きました「 ペルー提督像 と 遣米使節団記念碑 」を配置し直し、新たなモニュメントとしました。 と記されています。
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・ ペリー提督像
嘉永6年( 1853 )と嘉永7年( 1854 )の2回、米国使節として艦隊を率いて日本へ来航し、開国を迫った東インド艦隊司令長官ペリー提督の像があります。  昭和28年( 1953 )、東京都が日本開国百年記念祭を開催した際、ペリー提督の出身地であるロードアイランド州ニューポート市に石灯籠を贈り、その返礼として贈られたものです。
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・ 万延元年遣米使節記念碑
万延元年( 1860 )、日米修好通商条約の批准書を交換するために結成された、新見正興( しんみまさおき )を正使とする初の日本使節団で、米国軍艦ポーハタン号に乗船して渡航した100周年にあたり記念碑を建てたとあります。  100周年は1960年( 昭和35年 )とありますので、約60年も前の碑なのです。  あまり知られていない様ですが、日米友好親善のための大切な記念碑です。
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道路の先に「 ル・パン・コティディアン芝公園店 」があります。  入社した昭和44年( 1969 )から数年、本社がこの近くに有ったので 数回 行った記憶があります。
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  明日は「 台徳院霊廟 」に就いて書きます。

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