山ちゃんの徒然日記

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zoom RSS 池上本門寺に行って来ました【其の壱】

<<   作成日時 : 2018/04/11 05:00   >>

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今日から 金曜日迄「 池上本門寺 」に就いてアップします。  訪れたのは3月中旬ですので時間のズレがあることご承知起き下さい。
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東急 東横線で、多摩川駅から 多摩川線で鎌田駅に出て、池上線に乗り継いで「 池上駅 」下車。  同じ 東急でも一昔前の車両が走っています。
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徒歩約15分程度で「 池上本門寺 」の「 総門 」に辿り着きます。  池上駅 から 総門に行く参道は「 本門寺通り( 旧道、商店街 )」と「 本門寺新参道 」があります。
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行く時には「 本門寺通り 」から、帰りは「 本門寺新参道 」を利用しました。  「 本門寺通り 」には、甘味処の店、仏壇屋、石屋 さん等が多く有ります。 今でも寺町として風情が残っており、往復この通りを歩かれるのをお薦めします。
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「 本門寺通り 」の途中に 参道の碑 が右側に建てられていました。
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今日から3回に分けてアップします。  今日は「 其の壱 」で、文章と写真が多いので【 其の弐 】、【 其の参 】まで続きます。

寺格は日蓮宗の大本山で、山号を長栄山、院号を大国院、寺号を本門寺とし、古くより「 池上本門寺 」と呼ばれてきました。  「 日蓮聖人 」が今から 約七百数十年前の弘安5年( 1282 )10月13日 辰の刻( 午前8時頃 )61歳で入滅された霊跡で、多くの錦絵に 昔の「 池上本門寺 」を見ることが出来ます。
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「 日蓮聖人 」は、弘安5年9月8日、9年間棲みなれた身延山に別れを告げ、病気療養のため常陸の湯に向かわれ、その途中「 武蔵国池上( 現在の東京都大田区池上 )」の郷主「 池上宗仲公 」の館で20数日間過ごし亡くなりました。  「 長栄山本門寺 」という名の由来は、「 法華経の道場として長く栄えるように 」という祈りを込めて「 日蓮聖人 」が名付けられたものです。  そして檀越( だんおち、寺や僧に布施をする信者 )の「 池上宗仲公 」が、「 日蓮聖人 」入滅の後、法華経の字数( 69、384 )に合わせて約7万坪の寺域を寄進し、寺の礎が築かれ、以降「 池上本門寺 」と呼ばれる様になりました。  日蓮入滅の霊場として日蓮宗の十四霊蹟寺院の一つとされ、七大本山の一つにも挙げられます。

本門寺は、鎌倉・室町時代を通じて関東武士の庇護を受け、近世に入ってからも「 加藤清正 」や「 紀伊徳川家等諸侯 」の祈願寺となり栄えました。  第二次世界大戦の空襲によって五重塔、総門、経蔵、宝塔を除く堂宇を焼失しましたが、戦後順次復興され 現在に至っています。

毎年10月11日から3日間に亘って、日蓮聖人の遺徳を偲ぶ「 お会式法要 」が行われ、殊にお逮夜に当たる12日の夜は、多くの参詣者で賑わいます。  

参道を歩いて近付くと「 総門 」の先 山の上に「 仁王門 」が見えます。
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  ここから「 池上本門寺 」の伽藍に就いて書きます。
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【 総門 】
22世日玄聖人の時代 元禄年間( 17世紀末 〜 18世紀初め )の建立されたと伝えられています。  五重塔、多宝塔、経蔵などと共に、昭和20年4月15日の戦災を免れた数少ない古建築の一棟で、多くの錦絵に描かれています。  「 本門寺 」と刻された扁額は門より古く、寛永4年( 1627 )「 本阿弥光悦 」の筆によるもので現在掲げられている額は複製です。  訪れた時は 修復中でした。  参考として、修復前の総門の写真を添付しました。
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【 此経難持坂( しきょうなんじざか )】
総門 を潜り 96段の階段を上がります。  この石段( 大田区文化財 )は「 加藤清正 」の寄進によって造営されました。  「 法華経 」宝塔品( ほうとうほん )の偈文( げもん、菩薩を称えた語句 )96文字に因み、96段に構築され、別称を「 此経難持坂 」と呼ばれています。  元禄( 1688 〜 1704 )の頃に改修されていますが、造営当時の祖型を残しており 貴重な石造りの遺構です。
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石段の 右脇には スロープの緩やかな 所謂「 女坂 」も設けられています。
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【 日蓮聖人説法像 】
石段を上り詰めた右脇に立つのが「 日蓮聖人説法像 」です。  この像は 宗祖日蓮の第700遠忌記念として、昭和58年( 1983 )富山県新湊市の黒谷美術(株)より奉納されたもので、彫刻家の 北村西望氏の作品です。  像の材質は 純アルミで高さ3.4m、重量1トン。  この台座の元は 明治の政治家「 星亨 」の銅像でしたが、戦時中の金属供出により撤去さましたが、戦後 星の遺族らが台座を寄付して日蓮像が建立されたのです。
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【 長栄堂 】
当山の守護神「 長栄大威徳天 」を奉安しています。  現在の堂は昭和34年( 1959 )に再建されました。
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明日は「 其の弐 」として「 仁王門 」から書きます。

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