山ちゃんの徒然日記

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zoom RSS 同期会に参加しました【其の壱】

<<   作成日時 : 2018/01/25 05:00   >>

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4年前に 同期会の幹事は「 阿弥陀籤 」で順番を決めようよ!と言った 言い出しっぺの「 山ちゃん 」が見事クジに大当たり。  その後 年二回 同期会( 昭和44年入社 )を 開催しています。  今回は1月に開催され、浅草寺 → 合羽橋。  その後「 銀座ライオン 」で少し遅い飲食の2コースです。  これで 幹事役は一巡します。

今日は【 其の壱 】として、浅草界隈を散策したのを書きました。  歩いたコースは 何時も通りに 地図の上に 緑の実線で記しました。
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【 日本最古の浅草駅地下街 】
地下鉄銀座線の浅草駅とつながる流石に「最古」といっても不思議ない超レトロな地下街。  古くからある居酒屋、寿司屋が良い雰囲気を醸し出してます。  今度立ち寄って 立ち食い蕎麦 でも食べてみようっと!
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【 雷門 で待ち合わせ 】
11時 雷門下で待ち合わせ、オーソドックスに「 仲見世 」を通って本堂で参拝しました。  「 山ちゃん 」はつい最近参拝していますのでパス。
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本堂の手前にある「 常香炉( じょうこうろ : 仏様に線香を供え、その煙を浴びることで心身を清める場所 )」も含め お線香の近くには 余程のことが無い限り近寄らない事にしています。
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と言うのは5年程前に、京都の菩提寺である「 華台寺 」で「 五重相伝 」を1週間程度 缶詰で修行を受けた時に 毎日 線香の匂いのする本堂で修行して以来、煙に敏感になってしまい、線香の匂いを嗅ぐと「 咳き込む 」様になりました。  家の仏壇も ご先祖様と仏様に申し訳ありませんがLEDの線香で我慢して貰っています。  お盆の時は別ですが。  仏様は線香の香りを食べると言われていますが。

【 浅草花やしき 】
まだ一度も入園した事が有りませんが、嘉永6年( 1853 )の開園で、日本最古の遊園地とされています。
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【 ホッピー通り 】
伝法院の西側に沿って南北に通る裏通りで、今でこそ「 ホッピー通り 」という 洒落た名前が付いていますが、以前は「 煮込み通り 」と言い、場外馬券売場に通うオッサン達が昼から飲んだくれている、あまり風紀の宜しく無い通りでした。  今では庶民的な酒場が並び、歩いていると声が掛かりますが、中には明らかに日本人では無い人達の呼び声も聞こえます。  日本人客が大半ですがも、その中に ガイドブックを見て来たのか外国人観光客の姿も見掛けます。  浅草の特長を良く表しています。  入ったことは有りませんが ホッピーを飲みながらモツ煮込みを食べるのがポピュラー見たいです。
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【 浅草六区 】
「 浅草寺南西側 」の映画館・演芸場等がある娯楽街の通称です。  「 明治時代 」に入って政府は、欧米諸国の先進国に習って東京に公園を造る事を考え、明治4年浅草寺境内は公収されて、 明治6年公園設立 関する大政官布告に基づき、浅草寺、寛永寺、増上寺、富岡八幡、飛鳥山を公園としての整備を開始しましたが、浅草寺の境内は狭かったため、浅草寺の火除け地の田圃を埋め立てられ明治16年に工事が終了しました。  これが「 浅草公園 」となり、その中を六つの区画に分けられました。   一区は 観音堂とその周辺、 二区は仲見世周辺、 三区は 伝法院とその周辺、 四区は二つの池を含む周辺、 五区は 奥山、花やしき一帯、 六区は埋め立て地に出来た興業街 と定められました。   戦前は松竹劇場や、常盤座、オペラ館等があり、 エノケンなどの多くのスターがここから生まれましたが、昭和22年4月政府が、「 神社、寺院等宗教団体ノ使用ニ供シテイル地方公共団体所有財産ノ処分ニ関スルコト 」と、いう通達が出て、公園地は再び浅草寺の所有地になり「 浅草公園六区 」はなくなりました。    

現在 この地には、漫才や漫談等を中心とし有名な芸人を輩出した「 浅草フランス座演芸場東洋館 」と建物を同じくする姉妹館で 落語を中心とする「 浅草演芸ホール 」があり歴史ある浅草お笑い文化の一角を担う存在です。
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「 浅草フランス座演芸場東洋館 」は元々ストリップ劇場で、その合間に出ていた芸人達が 世に出て行くのです。  主な出身者として 八波むと志、南利明、渥美清、関敬六、谷幹一、佐山俊二、東八郎、萩本欽一、坂上二郎、ビートたけし・きよし、斎藤清六、浅草キッド等が代表されます。  又 劇作家・井上ひさしもここの出身です。  
一方「 浅草演芸ホール 」は、漫才協会、東京演芸協会、落語協会と組み演芸興行を行っています。  桂文楽、古今亭志ん生、三遊亭円生、古今亭志ん朝、立川談志、三遊亭円楽、林家三平等を輩出しました。
一度「 東洋館 」に行った事がありました。  小さな劇場でしたが、中々芸は面白く、観客は 自前のお弁当持参で、自家製の漬け物をタッパウェアに詰め込んで、館内で知り合った人達と交換し合うのです。  それまで「 歌舞伎座 」しか行った事が無かったので、友達と こんな世界があるんだと 妙に感心したことかありました。  大衆演芸場 といった感じで、親しげに声を掛けてきた人は、ここで一日過ごすんだと言っていました。  今回も結構 並んでいました。

この六区の通りには
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この地区と縁が深かった有名人の人達の写真が入ったプレートがあります。  萩本欽一、哀川翔 、榎本健一、等浅草を愛した33名の 芸人達です。  一つ空いている「 スペース 」には 予約済み と書かれており、世界の「 北野武 」が入るそうです。
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この通りに面しているのが、時折浅草の特集番組で必ずと言って良いくらい出て来る 鯨料理の店「 捕鯨船 」
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看板に「 鯨( げい )を喰って芸を磨け!」と看板に書かれています。  ここの店主も ビートたけし と同じ芸人でした。  浅草は芸だけで無く「 ゲイ 」の人達も居ると耳にした事があります。  売れない芸人のために 今でも ビートたけしは 1年間 纏めて その人達のために 食事代を支払っているそうです。  やはり 下町 人情があります。

【 合羽橋 】
浅草六区から「 国際通り 」を横切ると、食器具・包材・調理器具・食品サンプル・食材・調理衣装などを一括に扱う道具専門の問屋街である「 合羽橋 」へと出ます。
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  河童をマスコットにしていますが「 河童橋 」ではありません。
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文化年間にこの地で掘割整備を行った「 合羽屋喜八 」が合羽橋の名前の由来とされており、湿地帯であるこの土地の住民達のために私財を費やして整備を行った合羽屋喜八の良心に心を打たれた河童達が、夜ごとに工事をして喜八を助けたという言い伝えが残っています。
途中に「 駒形どぜう 」の老舗の店「 田屋 」さんがあります。
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ぶらぶら店の中を覗き込んで「 浅草通り 」に出て、雷門の処に戻りました。  

【 甘味処 】
昼食まで 少し時間が有ったので、「 雷門 」近くの「 甘味処 」で休憩。  山ちゃんは 久し振りに「 お汁粉 」を戴きました。  皆さん お汁粉とぜんざいの違い ご存知ですか?
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あっさりした甘みが美味しいです。  友達は こんな物を食べていました。
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この後 銀座線で「 銀座四丁目 」に移動しました。
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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
丁寧に浅草スポットを紹介して非常に分かり易く現地に行きたくなりました
長男が東京に住んでいるので顔を見に行った時は山ちゃんさんの情報を参考に少しぶらぶらしてみようかと思います
せきあ
2018/01/25 12:32
毎日ご覧戴き、有り難う御座います。 浅草に観光に行かれた方の大半は、浅草寺界隈で帰られますが、更に一歩奥に入りますと面白い所が数多く見られます。是非東京に出掛けられたらお時間をとって散策してみて下さい。
山ちゃん
2018/01/25 14:04

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