山ちゃんの徒然日記

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zoom RSS 「駒形どぜう」に行って来ました

<<   作成日時 : 2018/01/16 05:00   >>

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友達が 米国から 一時帰国して 夕方会う迄の時間少し早く出て、食事( 駒形どぜう )をして、浅草寺の奥に「 九代目 市川團十郎 の暫 の像 」を見学( 浅草の勘三郎 と題した本で知りました )、言問通りに出て「 猿若町 」で「 歌舞伎三座の碑 」を見学、「 池波正太郎の生家の碑 」、「 待乳山聖天 」から「 隅田川 」を下り、浅草駅経由、「 銀座で休憩 」し 新橋から 品川駅で下車。  待ち合わせ場所の「 品川プリンスホテル 」で18時30分 待ち合わせのコースで 都内を散策しました。

まず 最初「 泥鰌( どぜう )」が食べられる 老舗の「 駒形どぜう 」の本店へ。
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東京メトロ 浅草駅から徒歩約5分の所にあります。  近くには 隅田川に架かる「 駒形橋 」、「 浅草むぎとろ 本店 」、隣には「 バンダイ 本社 」があります。
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享和元年( 1801 徳川第11代将軍 家斉公の時代 )頃、武蔵国( 埼玉県北葛飾郡 )の越後屋助七が江戸に奉公に出て来て、浅草駒形でめし屋を開き、「 どぜうなべ や どぜう汁 」を商売したのが始まりです。  二代目助七は「 くじら鍋 」を売り出し、嘉永元年( 1848)には 当時の情報誌「 江戸名物酒飯手引草 」に、「 駒形どぜう 」が紹介されるに至っています。  以降 江戸の大火( 文化3年 )、関東大震災( 大正12年 )や第二次大戦( 昭和14年 〜 昭和20年 )により店が焼失しましたが再建し今日に至っています。  

通りに面した本店は、江戸の商家風の総檜造りで、大名行列を見下ろすことのないよう、二階は黒漆喰で目隠しされています。  「 柳の下に二匹目のドジョウがいる 」の縁起から、店の横には柳の木が植えられています。
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本店の他に渋谷店もありますが、現在は移転して 井の頭線 渋谷駅 の何時も行く「 地鶏屋 」の直ぐ近くにあります。

「 どぜう鍋( どじょうなべ )」は、どじょうを煮た鍋料理で、三種類有ります。
【 丸鍋 又は まる 】
東京 下町の名物で、どじょうを開かず丸ごと調理した鍋。  文化元年( 1804 )に浅草駒形で越後屋が創始したとされ、「 駒形どぜう 」の店では、生きているどじょうを酒に漬けて酔わせ、江戸甘味噌仕立ての味噌汁で煮たものを平鍋に入れ、 甘辛い割下を注ぎ炭火で その上に刻みネギを乗せ更に煮込みます。  これにより臭みを取ると共に骨も柔らかくなるのです。  これは、当時高級品だった酒をどじょうに飲ませてみようとの初代の発案によるものです。
【 ぬき 】
丸鍋とは違い、どじょうを背開きにしてゴボウと一緒に調理した鍋で、文政年間に江戸で誕生した料理とされるが、その起源については、南伝馬町の萬屋説と本所石原の石井説の二説があります。  「 ぬき鍋 」は単に「 抜き 」あるいは「 裂き 」とも呼ばれます。
【 柳川 】
開いたどじょうを割下で煮込んだものを、ゴボウと共に玉子閉じにしたもの。

どじょう「 どぜう 」と表記するようになったのは、駒形どぜうの初代当主「 越後屋助七 」の発案であるというのが定説です。  どじょうは 泥鰌、鰌と書き、旧かなづかいでは「 どぢやう 」あるいは「 どじやう 」が正しいが、四文字では縁起が悪く、三枚の暖簾に書けないという理由から、発音の近い「 どぜう 」の文字を使用したとされています。  駒形どぜうは 享和元年( 1801)頃の創業で、「 どぜう 」の表記は文化3年( 1806 )から用いるようになりました。  老舗の名店がこの表記を採用したことから、幕末近くには江戸の町中でも定着し、他店も「 どぜう 」を看板として用いるようになりましたが 字面は「 どぜう 」であっても発音はあくまでも「 どじょう 」と言います。

店で、順番待ちのカードを貰いますが、座敷か椅子どちらかを選ぶ事が出来ます。  折角なのでお座敷に。  もうお江戸の世界です。
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履き物を脱ぐと「 下足番 」の方が「 下足札 」を渡してくれます。  昔は男性の方だった記憶がありますが、今は 若い女性の方でした。
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老舗の店は 結構 店員さんの中には 横柄な方もおられますが、丁寧にメニューの案内をして戴きました。
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「 どぜうなべ( ご飯と、噌田楽、漬け物 )」と「 どぜう汁 」を注文。
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炭の火鉢とどじょうの入った丸鍋が運ばれて来ました。
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続いて「 どぜう汁 」も。  ネギをたっぷり入れます。  とろっとした味噌味です。
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刻みネギをたっぷりと乗せて煮ます。
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割り下を足します。
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七味 又は 山椒 を振り掛けて戴きます。  「 山ちゃん 」は山椒の方が口に合うみたいです。
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二百余年続く 江戸庶民の味が堪能出来ます。  今回は 次の散策を考えて「 酒 」は飲みませんでしたが、皆さん「 日本酒 」を飲みながら 堪能されていました。  お酒 美味しいだろうと思いながら どぜう を戴きました。

う〜ん! 実に美味しかった。  今度は「 かっちゃん 」と行かなくっては!

馬場啓一氏の著書「 池波正太郎が通った味 」と題した本( 平成8年 1996 ) に「 駒形どぜう 」のことが取り上げられています。
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老舗が巧みに今日のトレンドをつかんで成功した例として「 駒形のどぜう 」が挙げられるだう。  浅草駒形という、現在の浅草の盛り場からはちょっと離れた場所に位置しながら、見事に隆盛を誇っている。  「 どじょう 」を食べるのではなく、失われた江戸を味わいに客は来ることを、この店はよく知っている。  だから外観は昔ながらの江戸の食い物屋のスタイルを守り、内部も昔風の入れ込みで、客を懐かしい気分にさせる。  

それが全て入念なマーケティングに裏打ちされたものであることを知るのは、渋谷の「 東急ハンズ 」そばに店を出したりする果敢さによってである。( 現在 渋谷の再開発で店は 移転している )しっかり考えているのだ。  入れ込みの席に上がるには下足札をもらうが、これさえも客が稔ってしまうことを先刻承知なのだ。  下足のおじさんの顔付きも昔風に的確に演出している。( 今回訪ねたら 若い女性に変わっていました )  それで帰りに会計を頼むと、ちゃんとしたレシートが出て来る。  管理は行き届いているのだ。

「 どじょう 」いうのは、ま、庶民的な食べ物である。  それ辞退が格別美味しいというものではない。  それでも、暑い盛りになると、ここまで来て、ふうふう言いながら「 どじょう 」を口に運び、酒やビールで盛りがる。  ビアホールのような喧騒の中で、人々は「 どじょう 」を食べることで 江戸とつながり、浅草という土地の不思議な懐かしさに触れるのである。  こういう演出とストーリーを、こうまできっちりと設計した老舗は、他にそう例がない。

「 どじょう 」の骨ごと入った「 どじょう鍋 」千四百円、それが駄目な人は「 さき鍋」千四百円、を頼むとよろしい。  通は「 どじょう 」はあの骨がいいのだと言うが、魚には骨があるから若い人に人気がない、と言われる時代であるから、これは仕方がない。  もっとソフトに食べたい向きには「 柳川 」もある。  ちなみに「柳川 」とは本来は「 柳川鍋 」に使う土鍋のことである。  秀吉の時代に福岡柳川の人間が、朝鮮で土鍋の作り方を学んだために、この名がある。  ひらいた「 どじょう 」をごぼうと一緒に卵でとじる。  ごぼうとどじょうは相性がよい。  「 どじょう汁 」三百円、も中味はごぼうで、江戸甘味噌が使われている。  酒を飲ませた「 どじょう 」とごぼうが、甘い味噌とこよなくマッチする。  どろりとした飲み心地は、二日酔いの朝などには最高だろう。  冷たい御飯にも合いそう。

落語の「 居酒屋 」などでも有名な「 どぜう 」という書き方は、享和元年( 1801 )にこの店を始めた、初代助七の造語であるという。  本当なら「 どぢゃう 」であるが、四文字は縁起が悪いということで、芝居の外題にあやかり「 どぜう 」と奇数にし、当時の看板書きとして名高かった「 橦木屋仙吉( どうぼくやせんきち )」に書かせたものであるという。  五幅の暖簾も、夏は白地に紺、冬は紺地に白の染め抜きと変わる芸の細かさである。  今日の「 駒形どぜう 」の商売のうまさは、初代から脈々と受け継がれたものであるらしい。
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本記事とは 直接関係ありませんが、以前書いた「 江戸時代の お酒の飲み方 時代考証 」も併せてお読み下さい。

お店の方( 阿佐ヶ谷姉妹にソックリな色白の美人 )に聞きましたら、どじょうは 九州「 大分産 」、ネギは関東近郊からとの事でした。

この後 浅草寺 に向かいます。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
5年前になりますが、浅草寺参詣の帰り、お昼時に食事する店を探して歩いておりますと、日除けの傘の下に置いてある木桶に、ドジョウが泳いでおりまして、眺めていますと「どうじょ、お入り」と言っております。 目を上げますと「どぜう鍋」の看板があり、以前から食したい願望もあり、迷わずのれんをくぐりました。
梅雨時の蒸し暑い時でしたが、熱々の浅い土鍋に沢山のネギを被ったドジョウが出され、それはもう、とても美味しかったのを記憶しております。
直ぐ近くに老舗「駒形どぜう」が有ったとは、残念至極!!。 次回上京時は是非とも、店の雰囲気共々どぜうを味わいたいと。
A
2018/01/17 16:53
A君、ご覧の通り 下調べしておきましたので、次回来られる時に スケジュール に入れましょう!  この日とは別に 合羽橋 に行った時 同じく 老舗の どぜうの店「田屋」さんがありました。
山ちゃん
2018/01/17 17:02

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