山ちゃんの徒然日記

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zoom RSS 京都 久御山町にある「雙栗神社」

<<   作成日時 : 2017/06/26 05:00   >>

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「 山ちゃん 」が生まれ育った久御山町には、直ぐ近くに「 豊吉稲荷神社 」、「 御池神社 」、少し離れて「 玉田神社 」と「 雙栗神社( さぐり )」等があります。  

その「 雙栗神社 」近くに所用で行ったついでに 立ち寄りました。

もう少し細かく言いますと久御山町佐山双栗に位置し、近鉄京都線大久保駅から淀方向に向かって( 府道 宇治−淀線 )車で約10分程度、境内が鎮守の森で広がり 楠木等の巨木が生い茂っているので直ぐに判ります。
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以下の文章は「 雙栗神社 」のパンフレットを参考に記しました。

「 延喜式神名帳 」にある「 双栗神社三座( 山城国・久世郡 )」に比定される式内社です。  創祀年代は不詳。
御祭神は 「 天照大御神 」、「 素盞嗚命 」、「 事代主神 」、「 品陀別命( 応神天皇 )」、「 比めの大神 」、「 息長帯日売命( 神功皇后 )」、「 大雀命( 仁徳天皇 )」

※ 式内社【「 延喜式神名帳 ( じんみょうちょう ) に記載されている神社をさします。  3132座、2861社の記載があります 】  平安時代「 延喜式神名式 」中「 久世郡 二十四座 大十一座 小十三座 」「 雙栗神社山三 」に比定されています。

【 由緒 】
社伝によれば、当社は羽栗郷( はぐりごう 現佐山 )・殖栗郷( なくりごう 現 佐古 )・拝志郷( 現 林 )の鎮守社であった。  やがて佐古村に若宮八幡宮が創建されると、讐栗神社は佐山・林の二ヵ村の氏神となる。  社名の由来は諸説があって定かでないが、羽栗と殖栗の問に鎮座していたから隻栗と称したといわれ、また、この地を支配した古代豪族 羽栗氏の祖神を祀った氏神社で、羽栗が双栗に転訛( 語の音が訛って変わる事 )したともいわれている。

「 讐栗神社 」は、貞観元年( 859 )正月27日に従五位下の神位を賜り、延喜の制には小社に列せられた。  「 延喜式神名帳 」にも「 讐栗神社三座 」と記され、古くから神社の存在していたことがわかる。

また、延宝4年( 1676 )の奥書をもつ「 椏本( あてもと )八幡宮縁起 」によると、天治2年( 1125 )2月、この地に大きな「 椏の木 ※」があり、毎夜鳩峯( 男山 )より金色の光がさしてこの木に輝いた。  郷民はおそれおののき、日が暮れると戸を閉して一歩も外へ出るものはなかった。  7日後、「 椏の木のもとに八幡宮を勧請( かんじょう 神仏の来臨を請うこと )し、国家安全を祈らば我よく庶民を守るべし 」と、橘氏に夢のお告げがあり、氏は朝廷に願いでて椏の木のもとに神祠を造立した。

その後、応保2年( 1162 )に勅使が立てられ、勲一等を受け椏本一品八幡宮と号し、神田を賜ったという。  これは石清水八幡宮の神威が全国に広がり、佐山郷一円の地が八幡宮の荘園になったころ、社名が変えられ八幡神崇拝につながっていったのであろう。  したがって当社も神仏習合の顕著な八幡宮の影響をうけて、佐山・林に五ヵ寺の神宮寺が建立され、社殿には大般若経六百巻が収められていた。

やがて明治に入ると神仏は分離され、神宮寺は廃寺となった。  社殿に保存していた大般若経は、佐山の大松寺に移管し、明治15年( 1882 )、「 椏本一品八幡宮 」の呼称は、「 讐栗神社 」の旧号に復されている。

【 境内 】
3330坪の広大な神域には、照葉樹、針葉樹、さらに、俗に黒椿と呼ばれる薮椿の原種を数多くみることができる。  また本殿の北東に幹回り4.95m、樹高20m余の大楠( 樹齢400 – 500年。  京都の自然200選・町の天然記念物 )があり、雙栗神社の神木になっている。  神社参道は大鳥居から拝殿まで約300mあり、大正時代まで駈け馬の神事が行われていた。  この参道の両側は八朔祭( はっさくさい )、祭の市、お出の夜に露店がぎっしりと並んで賑わったそうである。  現在も入朔祭の夜は拝殿前から百折の両側に多くの露店が軒を並べ大層な賑わいをみせている。
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【 本殿 】
創建時の本殿の形式については明らかでなく、応保二年( 1162 )に造営され、明応三年( 1494 )に屋根の葺替えをおこなったと古記に記されている。  現本殿の精巧な「 蟇股( かえるまた )」や脇障子の「 栗鼠( りす )と葡萄( ぶどう )」の彫刻や、形式手法からみて室町時代末の明応3年ごろの建立と考えられる。  近年、本殿は屋根の荒廃が著しく、雨漏りのため柱の腐蝕も進んでいることから、昭和54年( 1979 )から大々的な修復工事( 彩色の塗替えと屋根の葺替 )が行われ、昭和56年( 1981 )10月2日には、遷宮が執行された。  極彩色の本殿は創建時の華麗な姿を再現している。  三間流造、檜皮葺  国の重要文化財となっています。
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【 拝殿 】
拝殿の中に氏子で、中学校時代の友達の名前がありました。  国の有形文化財 となっています。
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例祭は10月8日で秋祭り。  神事は1月15日の 御神差( 粥占神事 )大釜に米3合、小豆3合の割合で粥を入れ、竹管を中に入れ、札は釜より出す。神事の後、炊き上げる。  竹管内の粥の詰まり具合により、その年の穀物の豊凶を占う。  竹管一杯に粥が入っていれば十分といい、豊作になるとされた。  8月31日には八朔祭りがある。

【ご利益】
開運招福、厄除け、商売繁盛、安産

「 雙栗神社 」の動画がありましたので「 リンク 」しておきました。

都会の雑踏の中の神社とは異なり静かな佇まいの中の神社でした。  

昼食は以前行った 烏丸五条にある 蕎麦工房「 蕎麦の実よしむら 」で昼食。  少し豪華に 「 そば三昧膳 」を! 結構量がありました。
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※ 「 椏の木 」とは??  どの様な木なのか現在調べていますが 不明です。

資料出所:雙栗神社パンフレット、久御山町ホームページ、ウィキペディア 他

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