山ちゃんの徒然日記

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zoom RSS 「三菱1号館」を訪ねました。

<<   作成日時 : 2017/03/15 05:00   >>

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かねてから 一度尋ねて見たいと思っていたのが「 丸の内 」にある「 三菱一号館 」。  食事後、京浜東北線で移動し 新橋駅で下車、そこから 有楽町経由で 丸の内迄歩きました。  新しい物を発見するのは「 有酸素運動を兼ねて歩くのが一番 」。
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この丸の内界隈は、家康が江戸に幕府を開き、東京湾の一部で「 日比谷の入江( 現在の日比谷公園辺り )」と呼ばれていた 天正20年( 1592 )頃から入り江の埋め立てが始まり江戸城が拡張されました。  新たに外堀が作られ、外堀であったものが内堀となったため、御曲輪内(おくるわうち)と呼ばれるようになりました。  親藩や譜代大名の藩邸が24も有った為に「 大名小路 」とも呼ばれました。  以前書いた「 南北町奉行 」や勘定奉行の奉行所、評定所が置かれていました。  この大名屋敷の区画が現在の丸の内の原型となっているのです。  

明治維新となって 今迄有った武家屋敷は取り壊されて官有地となり、陸軍の兵舎・練兵場などになったのですが、その後「 陸軍兵舎 」を新しく六本木に建設する為の費用を捻出するため、政府は丸の内一帯の土地を明治23年( 1890 )年、三菱財閥の二代目当主「 岩崎弥之助 」に150万円( 分割払い )で払い下げました。  丸の内界隈に「 三菱グループ 」が多いのはその為です。  当時の丸の内は草の生い茂る原野と化しており「 三菱ヶ原 」と呼ばれ、「 岩崎弥之助 」は「 竹でも植えて虎でも飼おうか 」と言ったくらいです。  しかし明治27年( 1894 )になって 丸の内 最初のオフィスビルである「 三菱一号館 」が竣工となりました。
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これを皮切りにロンドンの「 ロンバード街 」に倣った赤煉瓦街が建設され「 一丁倫敦( いっちょうろんどん )」とも呼ばれていました。
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三菱グループの手で築かれたこの地区は、現在に至るも三菱グループ各社の本社や三菱地所所有のオフィスビルが集中し「 三菱村 」とも呼ばれています。  補足ですが「 丸の内 」の語源は 江戸城城郭の本丸の内部も又は外堀の内部、と言う意味からだと言われていますが、現在の「 丸の内 」に本丸は無かったのですが。  「 八重洲 」の語源は、江戸時代に日本に漂着したオランダ人【 ヤン・ヨーステン( 日本名の「 耶楊子( やようす )」】が「 徳川家康 」に邸を貰った地名に由来します。  因みに「 有楽町 」は、織田信長の弟「 織田有楽斎 」の屋敷跡に由来します。  有名な「 紀尾井町 」は、徳川紀伊家邸、徳川尾張家邸、井伊家邸が有ったことからこの様に呼ばれる事となりました。

その「 三菱一号館 」は、明治27年( 1894 )、現在の東京都千代田区丸の内に建設された「 日本初のオフィスビル 」で、煉瓦造の建物内に会社や銀行が入居していました。  この建物は、三菱の建築顧問であった「 ジョサイア・コンドル 」により設計されました。  

建物名について、三菱村の建物は当初、建てられた順に「 第1号館 」、「 第2号館 」などと館名が付けられていたのですが、建物が増えるにつれ、これら館名と地番だけでは不便になったため、三菱合資会社では大正7年( 1918 )3月より「 地画制 」を実施することとし、同社により丸の内東通りと命名された通りに面した本建物は「 東9号館 」と改称されました。  「 三菱一号館 」の竣工と同じ明治27年( 1894 )には、高知藩屋敷跡地に東京府庁舎( 後の東京都庁舎 )が完成。  大正3年( 1914 )に三河吉田藩・美作津山藩・信濃松本藩の屋敷跡地が「 東京駅 」となり
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以降大正12年( 1923 )に丸ビルが完成するなど、ビジネス街として急速に発展しました。

今回訪れた「 三菱一号館 」は、当初の建物は解体されてから41年を経過した平成21年( 2009 )に現在の地に復元されたレプリカで、平成22年( 2010 )年春、東京・丸の内に「 美術館 」として開館しました。  コレクションは、建物と同時代の19世紀末西洋美術を中心に、トゥールーズ= ロートレックを始めルドン、ヴァロットン作品等を収蔵しています。  館内には、カフェバー「 Cafe1894 」、ミュージアムショップ「 Store1894 」、丸の内の歴史体感スペース「 歴史資料室 」、三菱グループが所有する文化財をアーカイブ形式で閲覧できる「 三菱センターデジタルギャラリー 」等が併設されています。

建物の外観は 交通量が激しく 車の少ない時を 見払かって撮りました。  内部は当時の銀行が再現されており、窓口の奥でが「 カフェバー 」となっています。  一応 お断りして写真を撮らせて貰いました。  今と違い 天井の高さに驚きです。  最初の白黒写真は 当時の1号館内の銀行の内部です。
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その後 中庭に移動。  ここにも喫茶店等がありますが、多くの方々が「 写生 」をされていました。  以下 中庭の風景です。
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「 三菱1号館 」はレプリカと言えど 堂々たる風格のある建物でした。  そのまま 東京駅方面に移動しました。

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