山ちゃんの徒然日記

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zoom RSS 「 浜離宮恩賜庭園 」に行ってきました

<<   作成日時 : 2014/10/20 06:00   >>

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築地で食事の後、天気も良かったので、歩いて約10分程度の「 浜離宮恩賜庭園 」に行き、庭園内を散策しました。
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何と言っても、庭園の素晴らしい事もありますが 「 浜離宮恩賜庭園 」は都会のオアシスです。
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概要
東京湾から海水を取り入れた池があり、潮の干満で景色の変化を楽しめる「 回遊式築山泉水庭 」で、二つの「 鴨場 」を持つ江戸時代の代表的な大名庭園です。   旧芝離宮恩賜庭園、清澄庭園、旧安田庭園 等の庭園も昔は「 潮入の池 」でしたが、現在、実際に海水が出入りしているのは、ここだけです。     浜離宮は、この潮入りの池や鴨場を中心にした南庭と、明治時代以降に造られた北庭とに大別されます。     

歴史
寛永年間( 1624 〜 1644年)迄は、将軍家の鷹狩場で当たりは一面の芦原でした。    承応3年( 1654年 )に甲府藩主の徳川綱重がこの地を拝領し、海を埋め立てて別邸を建てました。   その後は甲府藩の下屋敷として使用された為「 甲府浜屋敷、海手屋敷 」と呼ばれるようになりました。   綱重の子である徳川家宣が6代将軍になると、将軍家の別邸とされました。    そして浜御殿と改称して大幅な改修が行われ、茶園、火薬所、庭園が整備されたのです。   特に「 11代将軍徳川家斉 」の時に、ほぼ現在の姿の庭園が完成しました。   「 12代将軍徳川家慶 」の頃迄は、将軍の鷹狩の場として使われました。    幕末には、幕府海軍伝習屯所でありました。    慶応2年に着工した石造洋館が、明治2年に外国人接待所「 延遼館 」として竣工しました。   延遼館は、明治維新後も鹿鳴館が完成する迄は「 迎賓館 」として使用されています。    明治3年に、宮内省の管轄となり名前も離宮と改めら「 明治天皇 」も度々訪れるようになります。     明治維新の後は皇室の離宮となり、名前も「 浜離宮 」となりました。その後、関東大震災や戦災によって、御茶屋など貴重な建造物が焼失したり樹木が損傷し、往時の面影はなくなりましたが、昭和20年11月3日、東京都に下賜され、整備のうえ昭和21年4月有料公開されるに至りました。     なお、国の文化財保護法に 基づき、昭和23年12月には国の名勝及び史跡に、同27年には周囲の水面を含め、国の特別名勝及び特別史跡に指定されました。   複数の茶屋の復元計画が進められており、今年終わりには「 燕の御茶屋 」の完成が予定されています

主な見所
可美真手命( うましまでのみこと )の像      饒速日命( にぎはやひめのみこと )の皇子で、神武天皇の東方遠征に従い、手柄をたてたと言われている軍神の銅像。   明治27年、明治天皇の銀婚式を記念して、陸軍省が行った懸賞募集に当選した作品です。
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芳梅亭    有料の集会施設です。
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鴨場    「 庚申堂鴨場( 1778年 築)」 と 「新銭座鴨場( 1791年 築 )」の二つがあります。    鴨場は池と林を3m程度の土手で囲い、土手には常 緑樹や竹笹を植え、鴨が安心して休息出来る様に外部と遮断し、池に幾筋かの引堀( 細い堀 )を設け、除き窓から鴨の様子を伺がいながら、稗・粟などの餌と囮のアヒルで引掘におびき寄せ、機をみて土手の陰から網ですくいとるという猟を行っていました。上の7枚が「 庚申堂鴨場 」で、「 残りが新銭座鴨場 」です。    説明の写真は縮小していませんので、拡大すると詳細が判ります。
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除き窓から撮した写真です。
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潮入の池    都内では唯一の海水の池。    東京湾の水位の上下に従って水門を開閉し、池の水の出入りを調節しています。     池にはボラをはじめ、セイゴ、ハゼ、ウナギなどの海 水魚が棲んでいます。    池の周囲に配置された岩や石にはベンケイガニやフナムシがはいまわり、フジツボがついています。  又、池の上空にはカモメの舞う姿が みられます。
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中島( 潮入の池の中央に位置する小さい島 )、中島の御茶屋( 宝永4年に作られて以来、将軍を始め、奥方や公家達が庭園を眺望を堪能した休憩所 )、松の御茶屋( 潮入りの池の畔にある茶屋 11代将軍家斉の時代に建てられましたが、戦争で焼失。  平成22年に復元されました。  使用不可 )    潮入の池の岸と中島を結ぶ、お伝い橋。中島には「 中島の御茶屋 」が有り、水の面に映える橋と茶屋の姿は、風趣に富んでいます。   かっては眺めも良く、海の彼方に房総を望むことが出来、夕涼みや月見に使われたようです。
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お伝え橋    潮入りの池の岸から小の字島と中島を結ぶ延長118mもある総檜造り橋で、平成24年に改修されています。
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東京湾    東京湾に沿ってベンチが並んでいますが、海水を良く見ると「 エイ 」が泳いでいました。    確かに海と直結しているのです。
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横堀水門     電動式の水門で、東京湾と「 潮入りの池 」との水位を調節しています。
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将軍お上がり場     将軍が船で庭園を訪れた祭の船着き場です。   昭和24年( 1949年 )のキティ台風で階段一部が海に崩れ落ちました。
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三百年の松    六代将軍家宣が庭園を大改修した時、その偉業を讃えて植えられた松。
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庭園には、ボタン園で60種800株が植えられており、季節の花が咲き、特に桜は見頃にライトアップされるそうです。   又「 松 」は庭園内で方々見られ、良く剪定されていました。
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