山ちゃんの徒然日記

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zoom RSS 京都 蹴上の「 インクライン 」

<<   作成日時 : 2014/04/25 04:54   >>

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宿泊した「 ウェスティン 都ホテル 京都 」の目の前に「 インクライン 」があります。  夕暮れ時でしたが、小学校の遠足以来 訪れた事が無く、折角なので 見学に行きました。
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最初の写真は「 京都名所帖 ( 明治40年 )」に掲載された京都盆地の東端、蹴上(けあげ、京都市東山区)のインクラインです。
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「 京都の名所 」といえば、神社仏閣のイメージが余りにも強いです。  「 京都名所帖 」、「 京都名勝 」等、明治の写真帳を眺めていても「 八坂神社 や 清水寺 」など、由緒ある古い寺社仏閣が目立ちます。  その中で「 明治23年( 1890年 )完工のインクラインは、「 新しい京都の文化の名所 」とされています。   

「 インクライン 」は「 傾斜鉄道 」とも呼ばれ、運河や山腹など、傾斜となった路面で貨物を運搬するためのレールや機械をいいます。  この「 京都 蹴上 」のインクラインも、水力発電を利用した、舟を運ぶための鉄道でした。  写真の中央に、レールとその上にのった台車が見えます。   この台車が舟を乗せる舟台です。
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なぜ舟を運ぶための鉄道が必要になったのか? このインクラインは、琵琶湖の水を京都に引き込む疏水工事(明治18 〜 23年 )の一環として造られ、このインクラインの全長は587mに及んでいます。   疏水工事以前、京都と大津の間の輸送は人馬に頼っており、大規模な輸送を行うことは難しかったのです。   琵琶湖疏水工事によって水路を開き、舟運による輸送を可能にすることが、遷都後の京都を発展させる道であると期待されていました。   この疏水事業は、琵琶湖から京都市内まで、山々を貫いて20kmを水路で結ぶという壮大な工事( 当時の予算で 125万円余 と言われています )というであっただけでなく、舟運の向上、水道用水の確保、灌漑、発電などを目的とする総合開発事業でもありました。

疏水は、琵琶湖のある大津に始まり、長等山などに掘られたトンネルを抜け、更に山麓をめぐって蹴上に出ます。   この蹴上から、インクラインを利用して高さ35mの急勾配を下り、鴨川経由で京都市の中心部に入って行くのです。    舟は自力では急な傾斜を下れないから、この勾配を下るために舟を運ぶ鉄道(インクライン)が必要になったのです。
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このトンネル 味がありました
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舟運の衰退もあって、インクラインの運転は、昭和23年( 1948年 )に休止されました。  しかしながら「 土木遺産 」としての価値が認められ、昭和58年( 1983年 )には京都市の文化財に指定されました。   また、平成9年( 1997年 )に開通した東西線( 京都市営地下鉄 )蹴上駅の工事に伴って、復元工事が行われました。   レールを支える盛土や石積みの技法、英国製や八幡製鉄所製のレール 等、インクラインは、往時の土木技術のありようを伝える貴重な「 遺産 」となっています。

線路の脇に「 銅像 」が有ります。   当時、京都市の年間予算の十数倍という膨大な費用を投入した大事業の「 主任技師 田辺朔郎 」は、工部大学校( 現在の東京大学 )を卒業したばかりの弱冠21歳の青年技師でしたが、設計・施工の総責任者として立派にその役目を果たし、その功績を称え、この銅像が建てられたそうです。
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今は その一部が保存されていますが、線路の両サイドには 桜の木が植わっており、桜見物には良い場所でしょう。

小一時間 周りを歩きましたが、東山から見る 京都市内は「 黄金色 」に輝いていました。   実に 半世紀振りに訪れました。
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