山ちゃんの徒然日記

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zoom RSS お江戸 「 日本橋 」

<<   作成日時 : 2014/03/14 06:41   >>

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都心に出掛けて、帰りに「 日本橋に」寄ってきました。   
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民謡では「 お江戸日本橋 」、浮世絵では「 葛飾北斎 の 江戸日本橋 」、
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そして 明六ツ( 今の六時頃 )に日本橋を渡る大名行列と、その手前には魚河岸で仕入れた魚を売りに行く( 現在の築地市場の前身である魚河岸は、かって日本橋のたもとに 関東大震災 に見舞われる迄、在りました )行商の魚屋の姿などが描かれた 「 歌川 広重 の東海道五十三次之内 日本橋 朝之景 」
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として有名な「 日本橋 」とは、東京都中央区の日本橋川に架かる橋です。   現在では「 日本橋 三越 」、「 日本橋 高島屋 」等を中心に江戸時代から続く老舗の店が 数多く見られます。   
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日本橋 」の歴史は、
・1603年( 慶長8年 )徳川家康の「 全国道路網整備計画 」に際し、
 初代の橋( 木造 )が架けられました。  北側部分を原寸で復元
 したものが江戸東京博物館で見学出来ます。  以降、江戸の中で
 賑わう場所として、浮世絵等で風景画に描かれることとなりました。  
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・1911年( 明治44年 )19代目として、現在の石造二連アーチ橋が
 架けられました。
・1945年( 昭和20年 )東京大空襲に見舞われ、現在も焼夷弾跡
 が残っています。
・1963年( 昭和38年 ) 東京オリンピックの高速道路 整備の一環
 として、橋の直上に首都高速道路が建設されました。
・1999年( 平成11年 ) 国の重要文化財に指定されました。

1963年以来「 日本橋 」には上が都高速道路に覆われてしまっている現状から、都市景観の在り方を含めた多くの議論を抱え、「 日本橋川に空を取り戻す会( 日本橋みち会議 )」が、首都高速道路を地下に移設して周辺を親水公園などに造り変えるという再開発構想を纏め上げました。  当時の「 小泉首相 」もこの構想を後押しする発言をしていましたが、試算で5、000億円といった莫大な費用が見込まれることもあり、当時の「 石原東京都知事 」に至っては反対し、「 日本橋の方を移転させるべし 」と発言し、そのまま保留状態となっています。

道路元標
戦前の道路法では、各市町村に道路の始点となる道路元標の設置を義務付けていました。  その場所は概して市役所や県庁などとされていましたが、首都たる東京市は江戸時代を踏襲して日本橋を道路元標としたのです。   現行の「 道路法 」では道路元標に関する規定は無いですが、今日でも橋の中央には「 日本国道路元標 」の文字が埋め込まれています。
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又、その橋の両側には「 里程標( りていひょう : 距離を記して道路・線路のわきなどに立てた標識)」が記念碑として置かれています。
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日本橋を始点としている国道は、以下の7本があります。
      国道 1号(終点:大阪市・梅田新道)
      国道 4号(終点:青森市・青い森公園前)
      国道 6号(終点:仙台市・苦竹IC)
      国道14号(終点:千葉市・広小路交差点)
      国道15号(終点:横浜市・青木通交差点)
      国道17号(終点:新潟市・本町交差点)
      国道20号(終点:長野県塩尻市・高出交差点)

「 海道五十三次 」の道中を歌詞に歌い込んだ日本の民謡「 お江戸日本橋 」の最初の歌詞は「 お江戸日本橋七つ立ち 初上り 行列揃えて あれわいさのさ こちや 高輪 夜明けの提灯消す こちやえ こちやえ 」となっています。
東京・日本橋を出発して、小田原、箱根、沼津、浜松、岡崎、亀山、草津、そして京都・三条大橋までまで、124里8丁、およそ500kmに渡る東海道中の地名・名所が次々と登場します。  原曲は江戸時代の俗謡「 お江戸日本橋 」の原曲・ルーツは、江戸幕府の第11代征夷大将軍・徳川 家斉(いえなり)、第12代将軍・徳川 家慶(いえよし)の時代までさかのぼります。   天保期の当時流行っていた俗謡「 はねだ節 」が、やがて「 コチャエ、コチャエ 」の囃子詞( はやしことば )を伴った「 コチャエ節 」となり、更に東海道五十三次の替え歌が作られ「 お江戸日本橋 」が誕生したと言われています。

では 歌詞の中の「 七つ立ち 」って何時頃の事なのか??
江戸時代には、時刻を知らせるために鐘が打ち鳴らされ、人々は時刻をこの時鐘の数で呼んでいjdた。  陰陽思想に基づき鐘は二時間毎に9の倍数で打たれ、本来なら9,18,27,36となるところを十の位は省略して、昼をスタートとして一の位の9,8,7,6と鳴らされます。   この時鐘での呼び名に基づけば、「 お江戸日本橋 」の冒頭の歌詞にある「 七つ立ち 」とは、「暁7つ」、すなわち午前4時前後の時間帯を指すことになります。    更に歌詞には「 夜明けの提灯消す 」とあり、まだ夜が明けない暗闇の中を提灯を持って出発していることが判ります。   ちなみに14時前後に鐘が8回鳴らされていた「 昼8つ 」は、現代の間食タイム「 おやつ 」の語源となっています。

追記 帰りに、近くの「 金子半の助 」の店で、久し振りに「 穴子丼 」を食べましたが、1時間30分 並んだ甲斐がありました。  お願いだから 持ち帰りの「 弁当 」を大量に頼まないで!!  丼を作るのが間に合いません。
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